umityanの日記
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| 2004年12月07日(火) |
クリスマスかあーーーー。 |
今朝は曇り空。暑くもなし寒くもなし。朝から一仕事を終えて今、事務所に帰ってきた。お昼休み時間だ。ラジオから心地良いクリスマスソングが流れている。そうか、もうすぐクリスマス。去年のことを思い出した。確か、どこかの小料理屋へ行って、ケーキを食い、シャンペンを飲んだっけ。その後は、カラオケで「きよしこの夜」の歌をおらんだような・・・・。恐らく今年もそうなりそうな予感がする。もう、若い美女とのデートもサンタさんがプレゼントとして持ってこない限り望みなさそうだ。
まああ、何はともあれ、行事にかこつけて、飲んだり騒いだりすることは楽しいものだ。これは全世界共通のこと。願わくば、こういう行事が世界の平和の一翼を担って欲しいものだ。
最近、海外で活動しているボランティアの人たちの姿をカメラが捕らえていた。ただただ、彼らの姿に頭が下がる。祖国を追われた難民の人たちを支え、貧困と飢えで暮らしている人たちを、身を粉にして励ましている。 彼らの言葉がとても印象深かった。お金や物資をあげることが彼らを救うことではない。そういうことのみをすれば、もっと、難民の人たちが増えてしまうという。大事なことは、生きるうえでの根本的なもの、事を定着させることに努力をはらうことではないかと。根本的なもの、事とは、生きるための術を自らが築いていけるような環境造りの援助をすること。たとえば農作業の技術指導を行い、自給自足できて、飢えないですむような環境造りの手伝いをするとか。もちろん、これには行政の力も必要だ。従って、短急速に出来ることではない。ある程度、時間が必要である。
そう考えたとき、日本はなんと平和で豊かなことか。ただ、飽食におぼれ、退廃的様相をかもし出している日本の現状は、必ずしもほめたものではないだろう。今、日本に必要なのは人心を豊かにする環境造りかもしれない。これは、ボランティアの人たちが言っているように、金や物資ではないような気がする。やはり、個々人が信頼され、ひとり立ちできるような、社会の温かい目が必要であろうし、そういう社会の構築が望まれるわけだ。
おやおや、きょうは 評論家みたいなことを書いてしまった。つい、ついクリスマス気分で、うかれそうになるわが心を引き締めるがごとく、固い文章を書いてしまった。おっと、30分、勤務時間に食い込んだ。今から出陣だーーーーー。
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