umityanの日記
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| 2004年12月18日(土) |
今年を振り返れば・・・・。 |
僕の今年の仕事もほぼ一段落。後は残務整理をするだけとなった。可もなく不可もなく働いてきた両手をじっと見た。節くれだった指が異様に短く感じられる。「俺って、こんなに指が短かったっけ」と思わず苦笑だ。それでも、脳の指令を受けて、ちゃんと仕事をしてきたんだという自信が伺われる。誰かの言葉ではないが、「自分で自分をほめてやりたい」。誰も褒めてくれないから、そうするしかない。
思えば、今年もいろんなことがあった。昨年の今頃、ばあ様の死を皮切りに、あわただしい正月を送ったことを思い出す。もう、一年が経った。何かとうるさい、ばあ様だったが、僕にとっては幾多の経験を伝授してくれた師匠みたいな存在だった。未熟者の僕のことだ。先代との比較において僕の所業に、もの足りなさを感じていたのだろう。これは仕方がないこと。僕は僕のカラーで行くしかない。「そうじゃ、ありませんか?」と言いたいが、もういない。
家族が少なくなったことは、やはり淋しい。山の神から見れば、大山の神と言うことになるが、その寂しさは僕以上のものだろう。されど、女は強し。その気丈さは、やはり、大山の神ゆずりに違いない。
例によって、夜な夜な遅く帰宅すると、大山の神の部屋の明かりが光々と灯っていて、障子の破れ目から、片目が覗いていたときなどは、そりゃああ、おっかなびっくり。さすがの僕も鳥肌がたったものだ。その後、しばらくは品行方正に努めた。今では、ばあ様の部屋は立派に整理がついて、コタツなど置いて、ごろ寝の間になっているが、夜を一人静かに過ごすには、僕には荷が重すぎる。というより、まだ、あの片目の恐怖感がわすれられずに、いたたまれなくなるのだ。こちらの方言で言えば「ひいたれの僕ちゃん」である。さすがに、山の神には、大山の神みたいな素質はないのだろう。僕が遅く帰宅しても、開かずの間となっているか、もしくは、雷鳴のような高いびきが迎えてくれるのがおちである。
やがて春を迎かえ、いい陽気になったと思いきや、梅雨に突入。梅雨らしき梅雨もなく、そうこうするうちに地獄の猛暑襲来だ。そんな中で、ばあ様の初盆を迎えた。やれやれと思ったら、猛暑の後は台風の猛攻だ。三度も殴り込みをかけられ、不安が頂点に。20メートルのフェンスがブロックもろともなぎ倒された。先日やっと、修理が終わったばかりだ。ご和算で願いましては○○円なり。恨みますぜえーー台風さん。
我が家ばかりではなく、あちこちで同じ状況が続発したそうな。まああ、これはいいほうだろう。見渡せば日本列島が災害で縦断された。地震、台風、雷、家事。枚挙にいとまがない。なんといっても、地震で被災された方々が一番、苦労を抱えられた。心からお見舞い申し上げます。
秋も深まり、日本列島も平静をとりもどしたかに見えたが、内外の情勢は予断を許さない。不景気と財政難にあえぐ国内では増税が、いまや遅しと攻撃の隙をうかがっている。対外的にはイラク戦争、北朝鮮の問題。一体、世界はどういう方向へ向かおうとしているのか定かに見えない。
20世紀もそうだったかもしれないが、21世紀も混沌と不確定性の時代様相を呈している。由々しいことだ。やはり、「人類皆兄弟」という平和構築が一日を早く実現することを、来年の夢、いや、来年の課題にしたいものだ。師走も半ばを過ぎた。大雑把な今年の雑感だ。
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