umityanの日記
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2004年12月22日(水) 今日のスケジュールは?。

小春日和のいい天気である。今、何をしようかと思案中。やることは一杯ある。その順番を検討中。夜は友人が来訪予定。一献やる予定だ。ちなみに、目的はこちらにいる知人(女性)と会って懇親を深めたいそうな。僕は一応保護者ということになるのか?。同い年の保護者か。一体どうなってんの?。

ま、それもいいだろう。友人は山の神と別居中。もう、2年以上になるか?。何がどうというわけではない。たまたま夫婦ともども、同じ仕事(専門職)をやっていて、そりが合わないのだろう。互いのプライドがそうさせるのか、よく分からない。友人は、過去、山ノ神側の両親に、たいそう世話になってきた。そのことに対する負い目があり、かつ、山の神への愛情が冷めてしまったとなれば、いかんともしがたい。

一度尋ねたことがある。「結婚は打算だったのか?」って。彼曰く。「最初はお互いにそうだったかもしれない」と。同業の職種を持ち、山の神の両親やらの援助があり、そりゃああ、滑り出しは順風満帆の勢いだった。借金もすべて返済し、いつぞやの年賀状に、「金はいいから暇をくれ」とかなんとか書いてあった。僕もその当時は、「いやはや、たいしたものだ。うらやましいぜ」と、驚いたものだ。
ただ、家庭内事情は必ずしも順風満帆とはいかなかったようだ。年月と共に互いの仮面がはげてきたのか、身を固めた発端が不純だったからなのかは分からない。

時々思うが、夫婦と言っても所詮は他人同士。他人どうしであれば、そう簡単に、うまくいくわけがない。ただ、愛情と子供が出来れば別だろう。そこに、血脈という絆ができる。いわゆる、他人同士が力をあわせて製造した分身である。最近、アバターとかいう漫画チックな分身があるが、それとは比較にならない。二人の遺伝子を宿した、まさに、正真正銘の分身。それが子である。子はかすがい。柱と柱を固くつなぐ、重要な存在なのである。少なくとも、夫婦が別れないで済むのは、この「かすがい」があるからとも言える。

ただ、いかんせん。愛情なき結婚だってありえる。子が出きても、愛情が冷めることもある。我々は考える動物である。夫婦であっても利害損得もあるし、打算も、欲望もある。その調節が効かなくなったとき、おのずと、別離の道を選択することもあるわけだ。

他人の真意は定かには分からないが、面白いことに友人は、いまだに、同じ屋根の下(職場)で、共通の仕事をしている。それぞれがクライアントを受け持って。生活のタメと言えばそれまでだが、冷めたもの同士が、一つ屋根のしたで、仕事が出来るんだろうか?。どういう顔をして?。ここが不思議なところだ。まだ、未練があるのだろうか?。他人にはわからないところだ。

その友人が今宵は新しい異性と会う。要するにデートということだ。僕も初めて紹介されるわけだから、少なからず興味がある。さてさてどうなることやら。

おと、これは今日最後のスケジュールだった。まずは、そこに至るまでのスケジュールを消化しなくてはならなかった。さてと・・・・・・・。








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