umityanの日記
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2005年01月02日(日) 僕の正月風景。

とうとう明けて、早二日目。とりいそぎ、「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」。昨年来、この、つたない日記というか、備忘録に目を通してくれた人たちに大いに感謝し、今年も飽きずにきてほしいという願望を込めて、新年の挨拶とします。

ところで、昨年末、僕の総反省をかいていたら来客があり、まともな反省が出来なかった。今更、さかのぼって反省するのもおこがましい。すべての罪をを水に流して再出発である。面舵いっぱいーーーーー。右へ行くのか左へいくのか、真っ直ぐ行くのか、まだ行く先は未定ではあるが。

昨日、元旦は10時半頃に起きて、まずお天道様をおがんだ。完璧な晴れとはいかないが、心地良い元旦の朝だ。周りは人、一人っ子いなくて静寂そのもの。やはり、お正月は皆、家でゆったりとしているんだろうか?。昔ゆかしき、おとそに、おせち料理なんかついばんで、親戚が本家にあつまり、わいわいやっているのだろう。せちがない世の中にあって、こういう正月の風景だけは永遠に残してもらいたいものだ。

僕も、例外に漏れず、居間のテーブルに陣取って、山の神に、三つ指突いて、「おめでとうございます」とつぶやいた。ちらっと、山の神の顔を見ると、「にこっ」と、ニヒルな笑いを浮かべて、「おめでとう」と言った。この、笑顔というか、笑いが何を意味しているのか、定かには理解できないが、まあ、「今年もよろしく、おてやらわかに」とかなんとか言っているのだろう。新年そうそう、背筋に氷柱が立ったように、「ぞーーーつ」としたが、一昨年までいた、ばあ様がいないので、ちょっと拍子抜け。昔は、ばあ様のすわった目にでくわすと、僕いの身も心もいてついたものだ。僕の緊張感も、「ふっ」と掻き消えた。

今年は、「おとそ」なしだ。買い忘れたとの事。その代わり、昨年だったか、当地のガラス工芸の第一人者、「高ちゃん」からもらったワイングラスで乾杯した。うんん、なかなかうまいぜ。大好物の「なまこ」をえさに、一息に飲み干した。

年賀状が届いた。昨年は喪中で、出さなかったせいもあり、今年は枚数が少ない。一人一人の賀状をめくりながら、気ついたことがある。ほとんどが、アプリケーションソフトで作成された見事な筆文字。うんんん、直筆ならこんなにうまくは書けないなあーーーと、感心するばかりだ。パソコンがあまねく、世の中に行き渡っているのだろう。文明の利器に脱帽!!。
おっと、人事のように言っているが、その実は僕もパートさん経由で賀状を作成。表も裏もである。情けないと言えば情けないか?。4−5年前までは、手書きで書いていたが、僕もすっかり、文明の利器のとりこ。いいじゃなーーーーーい。残念!!。一体どっちなんだ?。

几帳面な僕は、出し漏れがないかどうか、すかさず、データベースといっては大袈裟だが、一覧表とのチェック。結構、もれもあるものだ。と、同時に、早く来て欲しい人からの賀状が来ていない。こちとらが出せば出すと言うわけか。まあ、それも、効率的でいいか?。

そうこうしながら、のんびりと過ごしていると、山の神の親戚、二家族が来訪。あらかじめ、用意してあったお年玉を子供らに手渡す。これは山の神の仕事。僕は別室で、「あああ、僕も、お年玉をもらいたいぜ」と思っても、僕がもらうのは、大目玉だけだ。悲しいぜ。

まあ、それはいいとして、夕方、僕の友人夫妻と焼き鳥やへ行くことになっていた。昨年も行った。今年は酉年だから、鳥でもついばもうと言うわけだ。山の神は親戚筋とわいわいやっている。僕はすかさず、人気のない町まで、友人の女房(上海生まれの美人妻)の運転で出かけた。イルミネーションだけが光々と灯り、人影もない。田舎の町とはこういうものだろう。眠らない町とは違うのだ。あいにくと今年は、名物焼鳥店が閉まっていた。しからばということで、その近くで開ていた、大衆酒場へ繰り出した。いやあああ、ここには 人がいた。元旦から同窓会でもあるまいが、若い人たちが気勢を挙げていた。今年の景気もこうあって欲しいぜ。

新年早々、午前様というわけにもいくまい。ということで、午後10時半帰宅。後は良い初夢を見ることに専念するだけだ。おやすみなさい。

てなわけで、正月二日目の今日を迎えたわけだが、初夢を見たのか見ないのか分からない。残念!!!!。夢は今日の夜にとっておこう。




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