umityanの日記
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| 2005年03月16日(水) |
「愛はいりませんかーーー?」 |
昨日は母の用事で、故郷へ飛んだ。いつ来ても風景が懐かしい。小学校、中学校へ通っていた道を車で、のろのろと走った。今は車だが、あの頃はランドセルをしょって、30分の道のりを、てくてくと歩いていた。道はちっとも、変わらない。変わったのは人と、家並だろう。
今、同じ道を歩くと、恐らく僕のことを、「見たことがあるやつだなーーー」と、人は思えど、誰かまでは知らないだろう。僕も同様だ。年老いた白髪のおじさん、おばさんたちは、あの頃、威勢良く働いていた人たちだ。どこかに面影があるが、誰かは覚えていない。
時の流れは人を老いさせ、記憶も、薄らいでしまう。住む環境が違ってくると、これはいたし方の無いことかもしれない。ただ、何かのきっかけさえあれば、いつでも昔に戻って会話ができると思う。あえて、きっかけを求めることはしないが、旧友達は別だ。会った瞬間、互いに老けた顔を見合いながら、懐かしさで花が咲く。互いに健康ならば言うことなしだ。ここが、旧友の旧友たる良いところだろう。
それはそうと、最近というか、ここ近年、学校が変わった。昔はオープン・ザ・学校だった。今はクローズ・ザ。学校。何故にそうなったのだろうか?。大きく捉えれば、行政の問題、経済の発展、家庭環境の変化、個々人の価値観の変化、色々とあるだろう。
もっと、細かくみれば、昔は、一様に貧しかった。子供達は過保護ではなかった。子供は風の子といわれ、暗くなるまで外で遊びほうけた。家に帰ると、「じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃん」がいた。よく、しかられたが、優しさと愛にあふれていた。友達同士の喧嘩もあった。その喧嘩も、背伸びした子供らの自己顕示欲の衝突で、かわいいものだった。たいした、いじめもなかった。良い先生だと思える人がたくさんいた。お仕置きのげんこつ、びんたもあった。まだまだ色々とある。
しからば、今はどうか?。良い先生の云々は別として、昔と、ほとんどが違うのじゃないのか?。いつの間にか、学校は危険な場となり、学校だけは安全と言う神話も崩れた。
もし、僕に何か言えることがあるとすれば、今は、豊かさに比例して孤独な人が増えたのではないかと言うことである。色んな事件も、セクハラも、いじめも、孤独が生み出した産物と言ってしまっては、大袈裟だろうか?。 老若男女、皆、愛に飢えている。今の世の中は、その愛を埋める機能を持っていないような気がする。
以前、竹中直人さんが演じていたドラマを見たことがある。定かには覚えていないが、直人さん演じる坊さんが、「愛はいりませんかーーーー?」とかなんとか、おらびながら、行脚していく。愛の押し売りではないが、いや、ほんと、まったく愛が欲しい今日この頃である。
愛に飢えた孤独な現代人。愛がもっと、もっと、世の中に、はぐくまれれば、クローズ・ザ学校なんてありえない。事件だって減っていくだろう。 決して豊かさを否定して、昔に戻れなんていっているわけではない。豊かさの中には湯かさのなかでの愛があるはずだ。おごらず、むさぼらず、温かく見守る愛が・・・・。メーテルよ、僕に愛を・・・・・・。おっと、これはよこしまな愛か?。
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