umityanの日記
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| 2005年03月19日(土) |
僕には似合わないが、芸術鑑賞の春か。 |
今日も良い天気になった。やや肌寒い。屈強をとりえにしている僕も、寒さには脱帽のようだ。早くに、暖房をいれて、縮みあがっているから情けない。
こんな時は、興味ある分野をネットで探索して、お部屋遊びをしようと、あちらこちらを覗いてみた。思わず釘付けになってしまうようなページに、たくさん出くわした。中でも、芸術家と言われる若い人たちの写真や、創造された人形(ドール)の画像を見た時、正直、「ぞっ」とした。「怖いけど見たい」。そんな感じだ。特に人物写真や造形の人形は、「人間って何だ?」と、哲学的命題を問いかけているような気がする。目の表情・・・・。死んでいるのか、生きているのか分からない目。きりりっと、どこかを見つめ、その瞳の奥には、愛と憎悪、躍動感、喧騒感、退廃、死の恐怖、いろんな心が集約されている。だから怖いと感じるのかもしれない。「おれは違うんだ」と言いながら、まさに、一刻、一刻、変化していく自分の表情を垣間見ているのかもしれない。芸術の「ゲ」の字も分からない、門外漢の僕が、「ぞっ」とするくらいだから、芸術とは「人を魅了する何かを持っているもの」と言えるのかも。
僕の友人夫婦が絵描きをやっているので、時々、作品を見る。やはり、魂の爆発がキャンパスに感じられる。高校時代は互いに、はなたれ小僧だったのに、今や一端に人間を表現できる大人になっているなんて、信じがたいことだ。友人だからこそ、こういう辛らつな言葉で言えるから嬉しい。
昔、サラリーマン時代に、良くトップから「プロに徹せよ」と言われた。プロに徹するとは、どういうことか最初、分からなかった。何かの資格を取ると、プロかもしれない。会社にも貢献できるし、生業として独立すれば、飯が食えるようにもなるだろう。となれば一応、プロだ。プロはプロでも、ピンからキリまである。この差は一体、何なのか?。
僕に分かるはずも無い。あえて、思いついたことを言えば、人がそれぞれ持っている人間性の差かもしれない。人間性と言ってしまうと、これまた難しいが・・・・。魅了してやまない、魅了されてやまない作品も、その人そのもの。その人自身なのだ。こうなると、もう、「プロ」とかいう言葉を超越している。作品から作者を好きになり、あるいは、作者の素顔を見て、作品を好きになることもある。結局、そのどちらでもいいわけだ。作品も作者もその人、そのものだから。要は作者の人間性が、自分の心琴を震わすかどうかだ。
いやああ、ちんぷんかんぷんな話になった。今日は彼岸入り三日目。プロを超越した先人達に、そっと手を合わせるには、もってこいの日。ただ、ひたすら合掌・・・・・。
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