音の記憶(全8回) <4> 完璧な自由 - 2002年09月28日(土) 歩いていたのではすぐに追いつかれるし、電車は駅までが遠い。 高校のとき乗っていた自転車は、卒業と同時に捨てた。 あとは親の車しか残っていない。 この際、手段なんて選んでられない。 敵のヘリを奪ってでも、逃げ切れれば勝ちなのだ。 「そうだ。優先順位を考えろ。」 1階へ降りて居間へ行くと、父親ははじまったばかりの野球中継を見ていたし、 母親はもう帰ってきていて、台所で夕飯の準備をしているみたいだった。 父親に車を貸してくれるように頼むと、あっさりキーをもらうことができた。 「よし、うまくいった。」 僕は汗だくになりながらアクセルを踏んだ。 早速、持ってきた邦楽のCDをボリュームを上げて聞き、音楽の良さを再認識した。 「こんなにも僕を癒してくれる音楽ってなんてすばらしいのだろう。」 なくては生きていけない存在になっている。 段々、テンションがあがってきたのがわかった。ハンドルを握る手にも力が入る。 車が親の所有物であるという点は、 50歩でも100歩でも1万歩でも譲らなければならない。 代わりに(それが数時間であっても)完璧な自由を手に入れたのだから。 家族にも軍にも属さない。食卓を囲む必要もないし、流れ弾に当たる心配もない。 「僕は自由なんだ。どんなものにも束縛されない。自分の行く先は自分で決めるんだ。」 気がつくと、海岸沿いを走っていた。 この道は夜になるとすっかり暗闇に覆われて、車も滅多に通らなくなる。 中学に入った頃、内陸の方に広くて大きい国道が出来たせいで、 この海岸に面した道沿いはすっかり錆びれてしまった。 夏真っ盛りになれは多少の海水浴目当ての人もくるのだが。 僕は道の脇の自販機すらない休憩所に車を停め、 途中のコンビニで買った微糖の缶コーヒーを一口飲んだ。 車の中に流れている曲を、JAZZに変えた。 エンジンを切って、背もたれを倒し、車中に響くJAZZに耳を澄ませた。 窓の外を見上げると星が輝いている。「あの星は何座の一部なんだろう。」 夜が嫌いだ。夜空が嫌いだ。 ひきづりこまれそうな暗闇とひんやりとした空気、極端に音の減るあの感じが嫌いだ。 都会の夜は好きだ。常に光が僕を照らしてくれる。 人はいるし、隣の人の会話がすこし漏れてきたり雑音が絶えないあの感じが好きだ。 僕はそう思いながら星を見るのをやめた。 急にロックを聴きたくなってCDを入れ替えて、エアコンをつけた。 スピーカーから流れてくる激しいギターの音と、 送風口から飛び出してきた風が心地よい感覚を運んできてくれた。 僕はうとうとしはじめて、座席を倒すとそのまま眠りに入っていた。 ふと気がつくと腹に響いてくるようなベースの音が聞こえなくなっていて、 車内にはむかつくくらい蒸し暑い空気が忍び込んでいた。 外は相変わらず暗く、空には星がちりばめられている。 座席を起こして、おもむろにキーに手をかけまわしてみた。 「ん?・・・あれ?・・・ヤバイ!!エンジンがかからない!」 何度まわしてもエンジンの回転数を示すメーターは動いてはくれなかった。 全身の毛穴から汗がにじみでてくるのがわかる。 僕はどれくらい寝ていたのだろうか。「しまった・・・」 車が動かない。身動きが取れない。いや、もっと深刻なことがあった。 それは、暗くて音がない世界にひとりで漂流してしまったということだった。 ...
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