音の記憶(全8回) <5> 拍手 - 2002年09月29日(日) この時とばかり、無音の世界(今の状態を僕はこう呼んでいた)が一気に僕を襲う。 僕はすぐに不安と恐怖で一杯になった。 僕の耳にはどんな音もひろうことはできなかった。 「とりあえず音だ。音が必要だ。」 そう思ったときにとっさに「パチン」と両手を叩いて音を出してみた。 しかし、その一瞬だけの乾いた音はすぐに消えてしまった。 そしてまた、無音の世界が僕を襲う。 前にも増して不安になったし怖くなった気がした。 今度は何度も何度も手を叩いた。 無音の世界を振り払いたい一心で叩き続けた。 それはまるで子供が一生懸命に拍手をするかのような、 何の疑いもない熱心な拍手だった。 どれくらい叩き続けたかわからない。 疲労感を感じて手をとめると、次の瞬間にはまた無音の世界が周りを支配していた。 手を叩けば叩くほど無音の世界の支配は強まっているようで、 もう手を叩くことには意味がないように思えた。 何も変わらない。ただ手のひらが赤くなるだった。 「僕はこのまま無音の世界に飲み込まれてしまうのか。 ロックが聞きたい。この孤独な心を熱くさせて欲しい。揺さぶって欲しい。」 このままだと僕はあの食卓に座らなければならなくなる気がした。 あの居心地の悪いあの場所に僕は連れ戻される。 「そうだ。だいたい親の車を使ったのが間違いだった。 親の車を使って完璧な自由を手に入れたと思い込んでいた自分がバカだったんだ。」 僕は車を出て道路へ向かった。 「ここを通る車に助けてもらおう。」 長い間道路の端に立って、止まってくれる車を待ったが、 僕の目の前を通り過ぎた3台の車は声すらかけてくれなかった。 何時間待っただろうか。いや、数十分かもしれない。 まだ夜が明ける気配はなかった。 時間が経つにつれて虚しさが湧いてきた。 そして、虚しさと共に無音の世界があって、怪しい笑みを浮かべていた。 車の外であっても音がない。音なんてありゃしない。 僕の耳には何も聞こえない。何も鼓膜を揺らせてくれない。 音楽に裏切られた気がした。僕はすべてを失った気がした。 なぜか急に淋しくなって涙がボロボロこぼれだしてきて、 一度こぼれだした涙は僕自身ではもうどうにもできなくなっていた。 僕の涙なのに、僕にはとめることができない。 今までだったらこんな時には必ず音楽があったのに。いつも側にいてくれたのに。 お願いだから一人にしないで。 あの食卓のことは忘れたいんだ。思い出させないで。 傷口をこじあけて得体の知れないもので掻き回さないで。 痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。無音は嫌だ。 父親も母親も弟も嫌いだ。みんなどうかなっちゃえばいいんだ。 あんな気持ちはもう二度と味わいたくない。今まで我慢してきたんだ。 僕は十分苦しんだはずだ。すこしのわがままくらい言ったっていいはずだ。 お願いだから一人にしないで。 ...
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