死神の微笑み <13> - 2003年03月18日(火) ちょうどその時、上着のポケットに入れていた携帯メールの着信音が当り一面に鳴り響いた。 目を閉じて、波の音に耳を傾けていた僕は、一瞬ビクリとした。 浜辺で聞く携帯の電子音はひどく場違いな音に聞こえた。 「暇や〜。今から飲みにいかへん?男二人やったら寂しいから、女の子はこっちで準備しとくわ。」 それは、大学の男友達からのメールだった。 文字で読む関西弁は、少し変な気がした。 「悪い。飲みたいんだけど、今、大阪にいないんだ。ところで、女の子はかわいい?(笑)」 とこちらもメールを送信した。 「送信されました」という表示がでて、携帯をまた上着のポケットに押し込んだ。 ふと、-僕は何をやってんだろう-と考えた。 日常から離れたくて新潟までやってきたのに、結局大阪と繋がってしまっている。 そしておまけに、その大阪から来たメールが飲み会の誘いときた。 「この虚しさはなんなのか。」 考えても分からなかった。 高2の時から感じ続けている「違和感」が、僕の体の中に入り込んでしまったのかもしれない。 僕は、「違和感」をどうやって排出すればいいのだろうか? そのうち自然に排出されるものなのだろうか? それとも、一生僕の体の中に居続けるのだろうか? そして、僕の死と共に一緒に昇華されていくのだろうか? −決定的に「何か」が足りていない− つぶやいてみた。 僕の中の「違和感」が少し動いた気がした。 ふと背中に人の気配を感じて振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。 「ずっと私のことを忘れないでね」 と母親が前に言ったことがある。 「僕が生きる道」の最終話を見てます。 途中から合唱の話ができて、それはかなり意外だったな。 「もし」「仮に」「例えば」親が今、死んだとしても、 僕はこの1年3ヶ月を後悔しない。 「もし」「仮に」「例えば」今までの1年3ヶ月という時間を細かく区切って、 その一瞬一瞬に死んでいたとしても、その時僕は後悔しない。 僕はそれだけのことをやってきたつもりだし、 これからも、それだけのことをやっていくつもりだ。 ドラマの中で、草ナギ君は「死」への準備をしていた。 そこが印象的でした。 ...
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