カウントシープ
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物事はいつだって、突き詰めていけばキリがない。 ヴァイオリンを弾いているととてもそう思うのだけれど、一体どうしたら先生に少しでも近づけるのかしら?とため息が出てしまう。
弓を持つ手も、腕の角度も、弦を押さえる指の形も手首も、あちこち直して身につけなくてはならないし、もっと問題なのは音を聞き分ける耳で、今自分の引いている音がきちんとレの音そのものだ、と確信を持てるようになるには相当トレーニングが必要な気がする・・・
と泣き言を言っても始まらない。先生は3歳からヴァイオリンとお友達なのだ。「沢山(ヴァイオリンと)喧嘩したほうが仲良くなれるよ」と先生は言うけれど、きっとその通りなのだ。
耳はともかく、姿勢なら修正することは可能だ。何のことはない、姿見の前に立って引いていれば、自分の悪いところが明白になって、否が応でも直していくからだ。今のボクの姿ときたら、注意点が目白押し・・・
例えば ・弓が駒と平行になっていない どころか、かなり角度が付いている ・竿を持つ手首が曲がっている ・弓幅が少ない
この上に、音程の狂いが被さってくる。弾き始めた頃は音程が多少ずれていても楽しかったのに、今でははずした音が耳障りでしかたない。それだけ音を聞き分ける耳が成長したと思えば嬉しいけれど、とにかく今は早く上手になりたい気持ちで一杯なのだ。
ついでにいうと、先生に誉めてもらえるととても嬉しくて、最近じゃ誉めてもらう機会なんてなかったな、なんて思ってみたり。失敗したり正されたりする代わりに、誉められる状況に辿りつくのだから、苦労しないと誉められないもの。好きなことを適当にやってる自画自賛の世界じゃ味わえない。
子供の頃は色んな課題があって困難だったけれど、案外やりがいある時間だったのかもしれない。これって、大人になって忘れることのひとつかもしれないね。
ロビン
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