ひとりごと

2003年02月27日(木) わたしだってIBMが欲しかった(爆

特にそのころはいろいろ問題が多くて、我が家では一番大変だったころ。
それなのに、夫はいない。一人でなにもかもしなければいけないうえに
夫のそんなお遊びに悠長に付き合ってあげる気はさらさらなかった。
すぐそばにいて、助けてくれない人にメールでなにを報告すればいいというのだ。
メールを相手が開くまで待つなどと、ふざけたことをやっている場合ではなかった。
また、そんなのん気なことを言っている夫にも、実は、腹が立っていた。
相手は仕事が忙しい。理解しているのと、わたしの感情は違っていた。
わたしにとって、メールはふざけた遊びとしか思えなかった。本当に心配なら、
そして大変だと思うなら、電話で様子を聞いて来い!それが本音だった。

ま、ま、そんなこともこんなことも過ぎてしまえば、終わったことで(爆

1999年、5月、家を買いました。
F1参戦が立ち消えになり、これで駐在はないだろうという理由とそれから夫の
ストレス衝動買い。まぁ、気持ちはわかります。3年間心血を注いだプロジェクトが
急にゼロになったわけですから。年齢的にも家を買う年齢だったのかもしれません。

8月、夫の夏休みを待って、引越しをすることになった。引越しが完了し、家も
だんだん落ち着いた空間になった9月…事後処理にイギリスに行っていた夫から

「駐在が決まったから」と電話があった。

はい?なんで???

「やっぱり、F1復帰が急に決まったんだよ。どんでん返しってやつ…」

やつって(ーー;)家どうするのぉ〜まだ一ヶ月しか住んでいないよぉ〜
家を買うと駐在に出る!これはジンクスのようなもので当たる確立も高い。
高いけど、なにもうちに当たらなくても…でも、イギリスかぁ〜行きたいなぁ〜

ということで、9月末にいったん帰国した夫、11月1日付けで正式に赴任。
彼はあの家に正味一ヶ月も住んでいない。

そして、私たちは娘の中学卒業、ハワイ研修旅行を待って、渡英した。
31日に成田に帰ってくる娘を成田で拾って、ホテルに泊まり、翌日渡英という
周囲が唖然とするスケジュールを組んだ。周りはとやかく言ったけれど、それが
わたしにとっては一番楽だったのだから、仕方がない。

前書きが非常に長くなりましたが(前書きだったのか…あははは)
その新しい家に引っ越したときに、夫がバイオ一式を買ってきた。
1999年、すでに世間様はマック完敗…ウィンドウズの天下になっていた。
会社にもとうの昔にパソが導入されて、ひとり一台が当たり前状態。
夫が6年も前のマックで満足するはずがないと思っていたので驚きもしなかったし
そのお金も例の出張手当口座から出ていたので、家計には全く関係がなく
へぇ〜と思いながら、今度はまめにメールをすることになった。
山積みだった問題も解決の様子を見せ、私の心にも余裕ができはじめていたし、
友達もひとり、ふたりとパソを持ちはじめ、やってみれば、メール交換も新鮮で面白かった。

3月31日私たちがイギリスに着いて、4月6日子供たちがデンの学校に行ってしまった。
夫はどこに隠し持っていたのか、Toshibaのノートパソを娘に、バイオのノートパソを
私にくれた。ディスクトップはまだ船の中だ。
お互いがパソを持っていれば、いつも様子がわかるし、暇なときに遊べるし…
というわけで、わたしたちにくれた。ちなみに自分はそのときIBMのノートを
持っていた。

ちょっと、ちょっと、一体、いくつ持っているんだよ。信じられない…(爆
が、うちの夫はイギリスにいてもブランドのなにかを買うわけでもなく、
おねえちゃんがいるクラブに通うわけでもなく(単身者は結構お世話になるらしい)
超豪華レストランで食事をするわけでもなく…お金は趣味に使いたい人なのです。
カメラ、パソ、なんでこんなに高いのかわからないプラモのキット…
そんな人なので、パソも新しいのがでると欲しくなったのだろうね、きっと。
それに家計に響くわけじゃないし…(これが大きい。そうじゃなかったら、私と
大喧嘩だ)

そして、会社にIBMからノートパソの無料配布があった。ただで貸してくれるそうだ。
ソフトは買うわけだから、そうやって、IBMは会社に入り込むらしい。
で、夫自前のIBMは2002年の夏から、娘の元に渡っていった。
なんでも、卒業論文を書くのに、今持っているのじゃ、画面が小さくて使いにくいって。
な、なんて贅沢な!高校生のくせに、IBMだぁ〜私もそっちのほうがいいぃ〜と
いう私の叫び声もむなしく、彼女はさっさとデンに持って帰ってしまった。

で、私とパソの関係は…2001年、夏まで…無関係だった。
いえ、日本の友達とメールを交換はしていたけれど、パソを持っている人がまだまだ
少なくて、相手が4人くらいしかいなかった。こっちは一人ぼっちの暇人、あっちは
日本で忙しい人たち…毎日メールがくるわけでもない。
パソとは非常に薄い関係だった。

つづく


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