xxxxxx 表面張力(仮)

虚実入り乱れても記録
20010802--



2003年11月19日(水)

近い近い人の孤独を

 朝のニュースで、デビューしたての兄弟ユニット『平川地一丁目』を観た。なんて可愛い。弟の方は、最初観たときには女の子かと思いましたよ。ああ徐々に声変わりしているんだ。でもなんか切ない声だね。フォークソングはこれまでそんなに聴いてこなかったけれど、ちょっと聴いてみようか。
 一回り以上も違うので、微笑ましい雰囲気。にやにやしながらテレビ画面を眺めていて、その弟君の風貌から、ふと彼を思い出す。

 会いたいなあと素直に思う。現状に不満があるわけではないのだけれど、彼と仲良く喋りたい。大学時代の、それなりに多感なはずの時期に奇跡のようにナニもなく、ただ仲良くいられたあの空気が懐かしい。いや、奇跡ではなくてお互いの意識によることはきちんと分かっているけれど。でもとても懐かしい。
 今はどうしているんだろう。初夏の頃に数人で会って、でもそのときにはあまり話せなかった。この間の会合では彼が仕事で来られなかったし。どうしているんだろう。元気なのだろうか。

 昨日のように、彼を孤独と思うのは私の傲慢だと後から厳しく反省。多分、彼は楽しくやっているのだ。ただ、大学時代にはそれでも透けて見えていたモノがあったけれど、けれど今もそうだとは限らない。
 当時、授業のない時間に部室に行くと彼がいたりして、そこで手の甲の傷に気づいてよく悲しくなっていたことを思い出す。壁を殴った痕。殴る理由は聞かないままに、よく撫でていた。今はもうその傷もないだろう。大学を卒業してから、そんな傷は見なくなったように思う。


 今から考えると、あそこまで甘えた相手は他にいなかったのではないだろうか。多分、(当時はいなくなっていたが)恋人以上に甘えていただろう。どうしてなのだろう。恋人には、どこか「嫌われる」と思っていて、色々なことを抑えていた。彼に対してはそんなことはなかったのではないか。それは嫌われることなどない、という思い上がりではなかった。でも、なんだったのかと問うと、それはよく分からない。
 いや、もしかするとやはり思い上がっていたのではないだろうか。それは同類として。特殊ではあったが、かなりの好意と仲間意識を持っているという、確信に近いモノがなかっただろうか。
 大事だった。とても頼っていたし、ある部分で頼られていたとも思わなくはない。親兄弟とはまた別の、あの近さ。

 今、とても会いたいと思うのは確認をしたいのではないか。今の距離を。関係性を。私が結婚し、もう男女の関係の可能性はなくなった時に、あの距離はどうなったのだろうか、と。
 私の方は、今でも大事に考えている。では、彼の方は?


 本当は、私ではなくてもっと大事な人が彼に現れるべきなのだ。おそらく現在でも、彼の最深の心境を聞いたのは私だけではないか。そういう状況ではだめだと思う。この考えもとても傲慢なのだけれど。それでも。
 彼と私はとても近しいが、けれどこの関係はこれ以上距離を詰めることはないのだから。

 彼が独りで壁を殴るような夜に、誰か傍にいないだろうか。いて欲しい。とてもいて欲しい。でもその誰かは私ではない。昔も、今も。
 この考えはとても傲っているのかもしれない。けれど願わずにいられない。
 そして今の彼の傍に、それが物理的な距離ではなく心理的な距離でもいいからとても近い位置に、誰か近しい人がいたらとても嬉しく思う。
 ああ、いるかもしれないよね。そうしたら、いいなあ。と、心から。



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