川底を流れる小石のように。  〜番外編〜  海老蔵への道!
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2004年04月27日(火) 俳優祭 成田屋寿司とにらみ

 出かける前に見たテレビで、
 本日海老蔵襲名パリ公演の記者会見が都内で12時から行われると知り、
 あーやはり新之助は今日は来ないんだと思う。
 出演者に新之助の名前は無かったし、
 大舞台を前にてんぱっていて、きっと出ないのだろうと思ってた。
 けど、心の隅で、
 来月から二ヶ月も、大勢の人の力を借りて襲名するというのに、
 顔も出さないなんてこと可能なんだろうか?とも思ってた。
 舞台にカメオ出演でもないものだろうか。

 12時開演。踊りあり、映画あり、喜劇あり。

 総指揮の勘九郎さんも
 歌舞伎好きにしか面白くはないでしょうねと言うとおり、
 でもだから歌舞伎好きにはたまらない映画「奈落〜歌舞伎座の怪人」上映。
 これがとても可笑しくて、俳優祭の浮かれ気分も手伝ってクスクス笑ってばかり。
 好きだったのは音羽屋さんと成田屋さんの会話のシーン。
 菊五郎さんと団パパって、普段もこんな感じで話してるんじゃないだろうか?
 連鎖劇ということで、生の舞台に場面を転換させてからも、
 とても楽しめた。
 そしてラストのエンドロール。
 モノクロの画面で綴られる今現在と、
 過去の名優達の舞台場面がクロスして、とても素敵に仕上がっていた。
 どうかDVDで発売されますように!
 俳優祭詳細&DVDリクエストはこちら。
 
 その後、模擬店の時間が1時間設けられており、
 やっぱり仁左右衛門さんや染五郎さん、勘九郎さんなどは大人気。
 友達と、団パパのお寿司屋だけはやっぱり行かなくちゃねーと言い合い、
 三階からあちこち眺めつつ地下まで、
 人ごみをかき分けかき分け進む。
 この時、俳優祭2回目の友達がいてくれて、どれだけ助かったか。
 彼女はコツを心得ているというか、絶妙の立ち止まり具合とかき分け具合で、
 そんなにせっかちにではないのに、トントンと移動してゆく。
 地下には普段は食堂「花道」があるのだが、
 もう、通路は身動きできないくらいの人いきれ。
 す。すごい。。。。暑い。。。。
 奥はどうなっておるのだ?
 すると係りの人が、新之助もいますから、と教えてくれて、
 ええーーー!?とビックリ!
 まさか模擬店に出るとは思わなかった。
 記者会見から駆けつけたってことなんだろうなあ。
 
 それにしても窒息しそうな人ごみ。
 そして暑い!
 寿司の行列はなかなか進まず、延々と続く。
 けれど、階段を降りてゆくと、頭1つ背の高い新の坊主頭発見!
 わあー本当にいた!

 友達と交代で、ともかく姿だけ確認しようということに。
 先に見に行った友達が、いたよー!お寿司売ってたよ!見ておいで!と交代してくれた。
 奥へ奥へと進むと、いたあーーー!新之助だ!
 ってか、なんか黒縁のメガネかけて甚平着て、寿司売ってる!
 さらに驚いたことには、お隣には団パパがいて、お寿司をにぎってるのだ。
 団十郎さんのにぎった赤身?うはは。
 これじゃ混雑するわけだ。

 ぼーっと新之助を眺めてしまって、
 ようやくデジカメを思い出す。
 ぱちり。
 すると新之助が「なんだ?写真だけ撮って寿司はいらないの?」とブツブツ言ってる。
 先ほどの行列は、団十郎さんのにぎったお寿司の行列だったのだろうか、
 (それとも混雑しすぎて、列が誘導しきれなかったのかも?)
 新之助の前は、割合空いてる様子。
 なるほど手持ち無沙汰にしている様子の新ちゃん。
 なので「あ、はい、お寿司買います。買わせていただきます」と金券を差し出すと、
 寿司折りを手渡してくれた。
 せっかくなので握手もしてもらった。
 
 うおおーー!
 新之助がくれたお寿司!
 なんだかもうこれだけで、今日は幸せ満タンな気持ちに。

 あとは気軽に探検。

 三津五郎さんは、今回怪人役で凄いメイク姿だったのだが、
 怪人と一緒に記念撮影ができる「怪人写真館」を開催。
 ポラで3000円なり。(金額が違うかも?)
 みつごろさーん、こっちから一枚いいですか?と小さな声でお願いしてみると、
 恐いメイクの顔で、にまーと笑って、
 オイデオイデしつつ、ポーズをとってくれた。

 松禄さんのバーでは、バーテンのはずの松禄さんがすでに酔っており、
 あれ?飲んでるんですか?と言うと
 「こんなの飲まなきゃやってらんないよ。
 今日は無給でやってるんだぜー」と笑って言う。
 あ、じゃあシャンパンください!と友達と一緒にオーダーすると、
 なみなみとシャンパンをついでくれ、
 オマケに、もう一杯やるよ!と三杯もくれる。
 しかも金券も受け取らないし。
 わはは。
 なので、じゃあ乾杯しましょう!と
 友達、私、松禄さんで、カンパーイ!
 ただの酔っぱらいのバーのおもむき。

 富十郎さんが、笑顔いっぱいで大ちゃん愛ちゃんとご一緒で、
 可愛らしくて評判になってた。

 一息ついて、新之助の寿司を友達としみじみ味わう。
 あー嬉しい。

 そしてプログラムをめくっていると、出演者の中に堀越孝俊の名前発見!(新ちゃんの本名)
 そうか、そうきたか!
 ってことは次の幕は登場なのねん!

 演目は、勧進帳のパロディ「安宅の珍関」。
 仁左右衛門の富樫の関所を通るには、みな何か芸を披露しなければならないという、
 俳優祭らしい出し物。

 左団次の巡礼おつるの踊りや、
 勘太郎・七之助、獅童の氣志團子。
 福助のオスカル(タンカラヅカ)
 松禄のゴスペル聖歌隊。
 水谷八重子、波野久里子の京舞。
 等々。
 最後に浅草パラダイスの勘九郎と柄本明、藤山直美が登場。
 直美さんが勘九郎さんに、あんたもええ男や思うとったけどな、
 もうとびっきりのええ男見つけたんやでー!と言い、
 観客席に向かって、はよおいで!と呼ぶと、
 客席から紋付袴の新之助が登場!
 一階席からは黄色い歓声飛びまくり!
 襲名のご挨拶回り中という設定。
 でも勘九郎と仁左右衛門にすすめられて、
 キチンと正座して、客席にもご挨拶。
 割れんばかりの拍手ー!!

 いやあ、本当に来て良かった!

 夜の部も、演目は同じ。
 模擬店には新之助を見かけなかった。
 波野久里子さんのわんこそばが美味しかった。
 夜の部の模擬店では
 仁左右衛門さん、佃医局員こと孝太郎さんと豆松嶋のお孫さんの
 三世代Tシャツ売り場が大人気であった。
 豆松嶋ちゃん、周りのファンの熱気とパワーでまん丸なオメメで、
 ぼーっとなってた。
 熱でも出してなきゃいいが。。。

 模擬店タイムの途中、勘九郎さんのアナウンスで、
 新之助の面白い物をお見せするので、一階舞台前に集合!とのこと。
 行ってみると勘九郎さんの着てるTシャツの背中には
 「襲名三日前の市川新之助」のサインが。
 他にも三枚あるとのこと。
 競りだとか、じゃんけんだとか、ワイワイ言ってるうちに、
 じゃあそれっ!と勘苦労さんが客席にTシャツを放ってしまう。
 そしてそれは、私の頭上に・・・!

 でも、どんくさい自分が情けないというか、
 思わず目をつぶってしまった一瞬、すぐ近くの人がゲットしてた。
 写真だけ撮らせてもらったので、ちょっとアップ。
 
 その後は気が付くと、時蔵さんや亀蔵さんのバーでお酒を買っては飲んでしまう。
 俳優祭の教訓は、後でまた来ようと思っても、
 後になると、もはや売り切れたり俳優さん達が居なくなっていたり、
 ともかく「後で」は無いと思え!ということであった。

 俳優さんもさすがに少しお疲れ気味か。
 でも客席は昼よりも若めで、異様なほどの盛り上がりっぷり!
 
 なので、終わり近くにまた、舞台に登場した新之助には、
 もうもう、きやあーーー!と凄い歓声!
 しかも昼の部、新は「芸は5月から頑張るので勘弁してください」と許してもらえたのに、
 夜の部は「ええーーーーーーーー」と客席のリクエストが激しくて、
 「え、でもなんもかんがえてなかったもの!」と焦るはめに。
 だれからともなく「ニラミやって!」ということになり、
 急遽、新之助の、口上でしか見られないはずのニラミに相成りました!

 なんかね、もう凄かった。
 荒事の家のニラミは、古くから神の力が宿ると言われているそうだが、
 確かに何かが宿るような、素晴らしいニラミであった。
 三階から見ていたのだけど、ぐうーーっとズームであの目とオーラが大きくなってくるというか、
 一瞬に凝縮された力が、ここまでズシンと伝わってくる感じ。

 もう、夜の部はこのニラミに尽きる。
 これ見ただけで、五月の初日のことを考えてしまって感動ウルウルじーーん。
 その後、葵太夫さんもこの時の事を書いておられて、
 それを読んでまたしても、うるうるるる。こちら。

 そんなこんなで、一日思いがけず新之助を堪能。

 土曜日の本番の口上と睨みが、今から待ち遠しい!

 

 ○○追記○○

 その後、29日は「徹子の部屋」を見て感激。
 五月に一緒に観に行く母も、叔母達も、応援したくなる!やら輝いてるね!やら、
 きやあきやあ言っておりました。
 うふふ。
 さらに夜にはお友達に声をかけていただいて、
 大きなスクリーンのホームシアターで
 比叡山歌舞伎の「橋弁慶」と平成12年の団十郎さんの「勧進帳」を鑑賞。
 これがまた素晴らしい臨場感で、舞台を生で拝見しているような迫力!
 居合わせた人は、それぞれ初日、2日、9日に観劇予定だったので、
 楽しみだねえ!と語り合う楽しいひととき。
 こんなふうに歌舞伎な話を沢山できる方々と知り合えて、嬉しかった夜。
 橋弁慶は吉右衛門さん弁慶と、壱太郎さん牛若丸。
 これで弁慶と牛若丸の出会いを観てから、勧進帳を観ると、
 またまた格別の味わいでござった。

 さあ、あと数時間で初日だ!
 



2004年04月25日(日) ☆鳥の啼かぬ日はあっても☆

 昭和37年、十一代目の団十郎襲名の頃は、
 「鳥の啼かぬ日があってもマスコミに新団十郎の名の出ない日はない」と言われるほどだったそうな。

 じいちゃん、東京はカラスも鳩も増えて、
 そこらでクウクウ、カアカアいっていますが、
 新海老蔵の名前も、近頃あちこちで聞かれるようになりました。

 そんなわけで、今後のテレビ番組まとめ!

 ☆4月29日(木)13:20〜13:55 テレビ朝日
 「徹子の部屋」
 
 ☆5月1日(土)17:30〜18:30 歌舞伎チャンネル
 「十一代目市川海老蔵襲名披露「口上」〜生中継〜」

 ☆5月3日(月)22:00〜22:55 日本テレビ
 「スーパーテレビ」日本一の色男!市川新之助 十一代目海老蔵襲名

 ☆5月7日(金) テレビ東京
 「たけしの誰でもピカソ」21世紀の歌舞伎を変える男!11代目・市川海老蔵特集

 ☆5月10日(月)20:00〜21:50 NHKハイビジョン
 「十一代 市川海老蔵誕生! 飛翔の時26歳の成田屋 」

 ☆5月10日(月)22:00〜22:54 フジテレビ
 「SMAP×SMAP」ビストロスマップ カレーとデザート(團十郎&新之助)

 なかでも今日はこれを見て、おお〜〜!っとなる。

 心配していたチケットも22日(木)には到着!
 わーい!と思ったり、しょぼんとなったり、結果は色々ではあったけれど、
 その後、捨てる神あれば拾う神もあり、
 なんとか昼夜一度ずつは、一等の良い席で観られることになった。
 友よ、ありがとう!

 初日まであとわずか5日!
 来週の今頃は・・・と考えると、もう舞い上がってしまって。
 踊るように過ごしてる。

 その前に「俳優祭」もあり、えらいこっちゃな毎日。
 
 
 


2004年04月17日(土) 「新之助について」 渡辺保講演@放送博物館


 NHKや放送大学でお馴染みの渡辺保氏。
 いつもこちらの劇評が更新されるのを楽しみにしていたし、
 そしてやはり「歌舞伎ナビ」にはお世話になっているので、
 今日の講演会も楽しみにしていた。

 「NHK番組を見る会」の定員は100名とのことだったが、
 ありったけの椅子を並べて、おそらく定員オーバー満員御礼の状態。
 放送博物館の方達も、恐縮しておられた。

 市川家における「海老蔵」という名前について。
 市川家の成田山信仰について。
 「襲名」の意味について。
 襲名というのは、先代海老蔵の魂を受け継ぐという意味を持つ。
 新之助は十一代目市川海老蔵を襲名するわけだが、
 それは、これまでに十人の海老蔵がいたということではなく、
 十人分の魂を1つに引き受けるという、とても重い意味のあることである。
 
 坂東三津五郎が襲名するとき、浅草で行われたお練りの際、
 自分一人で歩いているのではなく、
 代々の三津五郎が一緒に歩いている気がしたと言っていたのだそうだが、
 それが、まさしく襲名の姿であろう。
 
 渡辺さんがはじめて新之助にあったのは、高麗屋の人々を追ったテレビ番組作成の時。
 まだ学生服姿であったそうだ。
 その数日後に菊五郎の「実盛物語」を一階の最後方の席で観ていると、
 隣の席に座ったのが、学生服の新之助であった。
 丁寧に渡辺さんに挨拶した後、熱心にメモをとりつつ実盛に懸命に見入る新之助を見て、
 ああ〜この役がやってみたいのだろうな、と思われたとのこと。

 それでも「車引き」の松王丸をみた時には、
 氏曰く「外人がやってるのかと思った」そうな。
 {後に周りのおばさま方が、あの時は声変わりだったからねえ〜とおっしゃっており、
  なるほど、と思いつつ、ファンというのはありがたいものだ、とも思った)

 それでもともかく、新之助は100年に一人の逸材と氏は熱く語る。
 ならばこれまで、私たちが観てきた名優といわれた人たちは?ということになるが、
 上手い人はいくらでもいるが、あの器の大きさは計り知れない。
 あの器でもって、これからも勉強し輝き続ければ、どれだけ大きな役者になることか。

 衝撃を受けたのは、浅草公会堂の新之助の弁慶だった。
 富樫を前に、のるかそるかの大博打を打つ弁慶の緊迫感、大きさを、
 あれほど観客に伝える弁慶を観たことがない。
 (もちろん上手なのではありませんよ、ともおっしゃってた)
 (弁慶を歌舞伎座でやらせてあげたかった・・・とも笑顔でおっしゃっていた)

 他にも、12月の歌舞伎座実盛を例にあげ、
 あの首の傾げ方ができるのは、富十郎と新之助しかいなかった。
 あれが出来たのは、それだけ勉強し研究したきたからなのだろうとのこと。
 今日のお話を聞いてから、もう一度ここを読んでみると、成る程〜思う。

 (先日読み終えた関容子「海老蔵そして団十郎」の中にも、
  新らしい研究熱心なエピソードがいくつか語られていた。
  お弟子さんに「ねえ、一緒に研究しよう」と言い出すと、なかなかしつこくておさまらない話。
  富十郎さんにおじさんはどうして朝っからあんなに声が出るんですか?
  というなりお腹のあたりに手を当てて、アーと言ってくださいと一途に聞いた話。
  この本を宮尾登美子「きのね」と一緒に読むと、さらに興味深く読めると思う)

 そしてやはり「助六」の語りについて。
 助六の出は、花道を河東節にのってゆったりと登場するのだけれど、
 これが決して踊りではなく「語り」と言われる意味が
 今まで、どうしても渡辺さんはわからなかったとのこと。
 それが2000年の新之助の語りを観て、はじめてわかった。
 助六は、あの出で、リズムに乗って流れるように踊っているのではなく、
 ぷつりぷつりと切れる、1つ1つの形で、
 俺はこういう男だ!と語っていたのだ。
 
 その頃の新之助を追ったテレビ「情熱大陸」では
 新之助の傍らに十五代目羽左右衛門の写真集が写っているのを発見し、
 渡辺氏は嬉しかったそうだ。
 (ちなみに、この写真集、奥村書店では4万円で売られていた)
 
 このあたりのことは、歌舞伎ナビでも読んでいたのだけれど、
 やはり目の前で渡辺さんの口から、熱く語られるのを聞くと感激する。

 よく○○さんが好きなのでしょう?とか、聞かれるが、
 劇評というのは、100%客観では書けないものです、とおっしゃっていた。
 でも、それと同じく100%主観でも書くことは出来ないのだそう。
 でも、こちらにお集まりの皆さん、
 新之助を応援していれば間違いないですよ、と笑っておられた。
 また、新之助があれほど勉強して研究熱心なのだから、
 観る側も、ぼーっと観ているだけではなく勉強もしなくてはね!とも。
 
 その後、昭和60年に放送された「大看板 団十郎への道」45分のビデオ上映。
 成田山での修行、お練り、挨拶回り等々、
 襲名のあれこれで大忙しの、当時の団十郎さんやママのかたわらで、
 ひよひよとあどけなく、小さな7歳の新之助も写っていた。
 外郎売りの早口言葉の練習風景、小さな靴下の足が正座して、
 うぶげポワポワの口元で、おぼつかない早口言葉。
 大勢の方は、その姿を見て、微笑ましく笑っておられたけれど、
 私は何故か、不覚にも泣いてしまった。
 目許には今の新之助のおもかげがある。
 この小さな人が、
 今、もうすぐ迎えようとしている時間の重さや貴重さを、勝手に思ってしまった。
 団十郎さんの義太夫のお稽古風景も、
 見ていても息が詰まる迫力だった。
 そのとき教えておられた文字太夫さん、さすがに素晴らしかった。
 力強いのに柔らかで、張りのある良い声。
 これはやはり文楽も観なければ!と思う。
 生の舞台は間に合わなかったけれど、勘三郎さん、
 (挨拶に行った団十郎さんとテレビカメラに、こんな格好でいいの?と笑う姿、
  舞台や楽屋のエピソードは沢山聞いているけれど、
  ああ〜こんな雰囲気だったのか〜と思う。)
 美しかった歌右衛門さん、優しい笑顔が大好きだった先代の仁左右衛門さんも
 久々に画面で見られて嬉しかった。

 あの番組でも「襲名披露初日まであと20日」などとテロップが流れていたが、
 五月一日の初日までは、あと12日!
 考えただけで、こちらまで緊張してくる。

 番組鑑賞後、質問のコーナー。
 新作については、どう思われますか?の質問に対して、
 もし役者が、本当に新作を演りたいと思っていたら、
 会社や人を介してではなく、役者自身が作家にお願いにくるものだそうだ。
 じいちゃんが大佛次郎に出会えたように。
 なので新之助もいつか
 新之助自身を見て、新之助の為にホンを書いてくれる作者と出会えればいいと思うとのこと。

 最後に市川家の大きな特徴である、
 あの目をともかく5月6月は観てやってくださいと、満面の笑み。
 渡辺先生も、もっと話していたい、
 私たちももっともっと聞いていたい、という、
 熱い雰囲気の中、充実した講演会はお開きに。

 
 帰り道、ほてった頬に風が気持ちよいので、
 歌舞伎座まで歩く。
 (五月の三階席を一枚、買い足してしまっった・・・)


 ○○追記○○
 5月10日(月)後8:00〜9:50 ハイビジョン特集
 「十一代 市川海老蔵誕生! 飛翔の時26歳の成田屋 」という番組があるそうです。
 ハイビジョンかあ・・・。
 他にも歌舞伎チャンネルでは、五月一日の口上を生中継することに!

 そんな中、まだチケットは手許に届いておりません。
 気持ちばかり盛り上がるものの、
 いつ観劇できるのかもわからず、ため息が出ます。
 

 

 


2004年04月08日(木) 市川海老蔵襲名記念展

 今日は絶対にこれに行くぞ!と決めていたので、
 朝からせっせと仕事に勤しむ。
 さくっと出られるように、残り仕事をためこまないように。

 猛ダッシュで電車のホームへ駆け込むが、事故で遅れてるらしい。
 うぬう。
 そんなこんなで日本橋に着いたのは7:00。

 海老蔵展の入り口を入ると
 そこにはあらゆる顔の新之助がいた。
 黒い背景に浮かび上がる、大きな大きな新之助のパネルの数々。
 終了間際のせいか、ひとけもなく、
 ほーーっと見入ってしまう。
 なにせこんな感じだったので。(一番下の写真)

 ハッと我に返り、
 どこからか聞こえてくる新之助の声を頼りに、ドンドン奥へすすむ。
 気になる多くの展示は、また今度、改めて。

 奥まった部屋では、新のインタビュービデオが上映されていた。
 最後の回に間に合って、じっくり鑑賞。
 
 わずか一年ほど前には、新がしゃべるのをテレビで見るのはハラハラものだった。
 質問されると、答えをさがすあまりか「ウーン・・・」と固まってしまったり、
 あげく「どうだろう。わかんないや」などと言ったりしてたものだから。
 新びいきの人が見れば、
 耳触りの良いうわべの言葉じゃなく、
 きっと本当に言いたいことはあるのだろうけど、
 それが上手く出てこないのかな?などと思えるものの、
 それにしても、不器用な・・・と心配してしまっていた。

 今日の新之助は、違っていた。
 随分真っ直ぐで、真っ直ぐすぎて心配になるくらいではあったけれども、
 それでも、良い感じに力の抜き方も覚えつつあるようで、
 きっちりと色々な想いを語ってた。
 
 これまでの舞台のダイジェストが走馬燈のように流れて、
 ちっちゃな七歳の新之助の外郎売りの早口言葉や、
 声がちょっとかすれてる鳴神や、
 もちろん武蔵も、こないだの実盛まで、ざ〜と駆けめぐり、ほう〜っとなる。

 思いついて、こないだお練りで知り合った彼女にメール。
 「今、高島屋。」
 返事は「ビデオみてるよ。」
 お、この暗がりに彼女もいるらしい。
 見回すと、すぐ前の列に座ってた。

 閉店時間でタイムアップ。
 もっと色々見たかったねーと言いつつ、日本橋の街並みへ。
 お腹ぺこぺこ!と、近くのイタリアンへ。
 いくらでも話は尽きず、ワインがすすむ。
 あの入り口のところの部屋に布団しいて泊まりたいくらいだね〜などと、
 アホウな事を言いあい、笑いあう木曜の夜。


 ○○追記○○
 日曜に、今度は歌舞伎好きでも成田屋好きでもない友達と、もう一度行って来る予定。
 そういう友達の感想も楽しみ。
 
 
 


2004年04月04日(日) お練りツアー@成田山

 朝から雨。
 週間天気予報では、ずっと晴れと言っていたのに、
 金曜になって「日曜は一日雨」の予報。
 しかも寒いらしい。
 地震まで起こるし。

 京成上野に辿り着くと、すでにそれらしい人たちが大勢。
 参道を1時間も練り歩くので身軽な服装がよろしいかと、とお知らせにはあったが、
 雨もようにもかかわらず、ビシッと着物の方も大勢。
 おおー気合入ってるなあ。

 ホームで海老蔵号がやってくるのを待つ。
 鉄道マニアよろしく、写真パチリ。その1
 報道陣もやってきて、どうやら成田屋ご一行は1号車のもよう。
 団パパ、ママ、妹の智恵子さん、団パパの妹の紅梅さん、
 右之助さん、家橘さん、一門のお弟子さんらと共に、
 エスカレーターを降りてくる新之助。
 今日も紋付き袴がスキッとしてる。
 周りからの「おめでとうございます!」の言葉に笑顔のご一家。
 特に今日のママは、晴れやかな笑顔で、
 見ているだけでも、じーんとしてしまうような、しっとりと輝く雰囲気。
 銀色っぽい地味目な着物に、金の帯。
 帯の柄が、菖蒲色(?)みたいな青い大輪の牡丹で、
 ママの着物は粋で品があって、いつも見とれてしまう。
 (市川家の替紋は杏葉牡丹(ぎょようぼたん)なので、牡丹はゆかりの花)

 報道陣の取材に。ホーム上で応えてるらしい新之助。
 遠巻きに皆が見守り、デジカメの嵐。
 私からは、横顔やら坊主頭やらが時々見えるだけ。

 スカイライナーで隣あわせた方は、
 成田屋三代、新のじいちゃんの団十郎襲名もご覧になったとのこと。
 色々海老サマブームの頃の話をうかがう。
 
 そして噂のお揃いの半纏が配られる。
 深い藍の半纏で、襟元には成田屋の文字。
 背中にはでっかい50�損擁�くらいの、白抜きの三升に、
 グレーのかまわぬ。
 お隣のおばさまも、まあオシャレで良かったわ!とにっこり。

 一両40人強、5両分だと220人のお揃い半纏かあ〜。

 記録班のクルーもやってきて、ビデオ撮影。
 こないだのパーティーで流れた新の生い立ちビデオも、
 この人達の作品らしい。
 まじであれは傑作だった。
 発売して欲しいです!と誰かが言うと、予定はあるような感じであった。

 成田駅で15分のトイレ休憩。
 ここで出遅れて、集合しようとすると、もう大勢の人人人。。。!
 仕切もままならぬ混雑と熱気と人だかりで、
 ダダ漏れのまま、駅長室から出てきた新に付いてゆく民族移動。
 もはやお弟子さん達ですら、新のそばには近づけない様子。
 いわんや、我々おや。
 ツアーに含まれていた傷害保険も頷けるような勢いだ。

 こんな感じだったらしいが、ひたすら後ろ頭のてっぺんだけしか見えず、
 ともかく遙か後方を練り歩く半纏連。
 っていうか新七さん、こんなとこにいてもいいの?
 曇り空ではあるが、雨はなんとか持ちこたえてる。
 
 沿道の店々からは、紙吹雪、くす玉、かけ声、声援が飛び交い、
 こうして歩くだけでも、成田山に愛されてるんだなあーと実感。
 
 いよいよ境内に近づき、お練りも終盤。
 このあたり、雨がぱらつき出す。
 長い階段を登りながら振り返る新之助!
 にこやかに手を振る。
 周りからは団ぱぱにも「おとうさーん!」と声がかかり、
 ママには「おかあさーん!」
 ははは。その2

 本堂前の歓迎式では、ようやく半纏が威力を発揮し、
 仕切のロープの中へ入れてもらえた。
 松竹役員(大川専務)、成田市長からの挨拶、新之助からも挨拶。
 一番長く聞きたい新が一番短い。
 でも「皆さん、寒い・・・・ですよね。寒いと思いますんでこの辺で。
 どうもありがとうございました」と素顔な感じで締めくくる。

 このところ新は、もちろんまだ不器用ではあるけれど、
 また一皮むけたというか、大きくなった気がする。
 マスコミにもしかり、ファンにもしかり。
 おばちゃんは嬉しいよ。
 隣ではワイドショーのレポーターが、例のこしょこしょしゃべり。
 マイクを片手に「お母様の後ろの赤いお着物の方、あれは妹さんですね」とか、
 「亡くなられたおじいさまも、見守っておられることでしょう」とか、
 色々それらしくしゃべってた。
 (そして、その部分は殆ど使われてはいなかったのだけど。)

 本堂に入り、いよいよ大護摩修行。
 新之助はちょうど目の前に座り、間近で後ろ姿を拝むオレ。
 ご本尊をさしおいて、新を拝んでしまうよ。
 新は三升の紋、団パパは杏葉牡丹の紋。
 ママは青い大輪の牡丹。
 うーんハレだなあ。

 20人近いお坊さんもやってきて、大護摩。
 朗々とした声で、なんだか迫力があって、大きな太鼓が打ち鳴らされて、
 私も静かに、襲名興行の成功と、皆の健康と家内安全、
 それからチケット無事にとれますようにと、お祈り。
 聞き違いかもわからないが、
 大勢の縁の人の名前を読み上げる時に、
 以前、新の子供を産んだという女性の名前も呼んでいたような。
 そうかもな。成田屋さんだしな。と思う。
 そして当たり前のように、足がしびれる私たち。
 そんな素振りも見せない、新之助はじめ一門の方々。

 敷地内の光輪閣へ移動し、お食事会。
 なんとなく、ツアーのイメージで勝手に、
 どこかの食堂を借り切って、ツアー客だけの食事なんだろうなと思ってた。
 ところが光輪の間は、大きな宴会場さながら。
 精進料理のお膳がずらーり。
 お守りもいただいた。
 これ以前、新之助も胸に下げてたらしい。
 その広間で成田屋一家、一門、松竹、マスコミ、地元商店街、後援会の半纏連
 そろっていただくことに。
 一番偉いお坊さんは貫主と呼ぶそうなのだが、
 貫主のご挨拶、団ぱぱ挨拶、大川専務挨拶、新挨拶。
 団ぱぱは「今日は天気がどうなるかとはらはらしました。
 新之助にははらはらさせられることが多い」言い、
 皆、和やかに笑ってしまう。
 なんというか、団パパって、本当に実に大らかで大きな人、暖かな人だなーと、
 こういうときにいつも思う。
 大川さんは、私事ですがと、昭和37年のじいちゃんの団十郎襲名の時、
 入社したての大川さんは宣伝部で、色々お仕事させてもらい、
 成田屋さんとはご縁があるなーと感無量とのこと。
 少し声をつまらせているようで、
 聞いていて、私もじいちゃんの襲名からわずか3年で、
 56歳で亡くなった最期のこと思い起こして、
 なんだかウルウルしてしまう。

 御神酒でみなで、おめでとう!と乾杯。

 新と一緒にお食事ですって!まあ!
 会場の雰囲気もおしとやかぎみ。
 私の席からは、新がスッキリ背筋を伸ばして、静かに食事してるのがちょうど見える。
 わお。
 とはいえお腹ぺこぺこ。
 精進料理をいただく。

 あれ?もう食べ終わってるみたい、
 役者さんはきっと食べるの早いんだろうね、
 ホントだ、もうお弟子さん達も終わってるみたい、
 などと言ってると、市川家の皆さんはご退席。
 最期はなんどもお辞儀をし、手を振り、笑顔で去っていった。

 するとなんとなく、広間の雰囲気もくだけて、ふ〜一息みたいなムード。
 やっぱり緊張してたのは、オレだけじゃなかったらしい。

 ここで解散。
 4:05のスカイライナーに遅れないように。
 お手洗いを済ますと、そんなに時間は多くはない。
 
 もう一度、今度はひとけの少ない本堂でおみくじ。
 参道をぶらぶら歩く。
 途中ガラス細工の店へ。
 ここでちいちゃなガラスのきれいな赤い海老を見つけて、購入。
 370円。
 うれしい。その4
 かまわぬ羊羹で有名な米屋さんは、大きな店構えで、
 中には休憩場とセルフでお茶をいただけるコーナーがある。
 午後からさらに冷え込んで、
 冷えた体でいただく甘茶の美味しいこと!

 帰りのスカイライナーは海老蔵号ではなさそうで、
 新、団パパ、ママは車で帰ったとか。
 千恵子ちゃんと紅梅さんがお見送りのためか同乗。
 写真などせがまれていた。
 目許が新ににてるかな>妹さん。
 柿色の着物が似合ってた。

 帰りの電車は、行きと同じ座席組だったので、
 お隣さんと再会して、お疲れさまーと言い合い、報告し合う。
 
 今日知り合った新しい成田屋友達と、あれこれ5月に気持ちをはせつつ帰路につく。
 精進料理のお箸の袋に「開運箸」と書いてあったのだけど、
 新はそれをちゃんと、お箸ごと持ち帰ったそうな。

 帰ってからテレビでこれを見て、今日の復習。

 ともあれ、おめでとう!
 一日お疲れさま!

 
 
 ☆追記☆
 パーティーより先に、お練りの日記を一気に書いてしまったのでアップします。
 日曜ごとに大きな行事があって、楽しくて興奮しっぱなしで過ごしました。
 成田屋なお友達もできて、嬉しかったなあ。

 そんな中、かつての三之助仲間の菊之助さんが
 7月松竹座(大阪)、9月御園座(名古屋)、10月(パリ公演)は
 海老蔵襲名興行にご一緒するらしいと知り、おおーです。
 


 


2004年04月03日(土) ☆目が回る☆

 28日のパーティーは、
 華やかで豪華で、でも和やかで、とても楽しいものであった。
 日記を書こうとしているのだが、
 なかなか時間がとれず、下書きのまま。
 しかもごちゃごちゃ書いてみたら、
 とめどなく長くなり、まだ孔雀の間に足を踏み入れてすらいない。

 ただ、暖かく嬉しい記憶の余韻だけが尾を引き、
 未だにパーティーな気分のまま過ごした一週間であった。

 そうこうしていたら、また週末。
 4月4日は成田山で「お練り」なる行事がある。
 京成スカイライナー「海老蔵号」に乗って成田山へくり出し、
 参道を賑々しく練り歩く、
 といったような行事らしい。
 参加する予定だというのに、もひとつわかっていないかも。

 春夏用の日焼け止めも用意していたというのに、
 明日は雨の予報。
 どうか晴れますように!


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