| 2003年07月02日(水) |
どうしようもなく無秩序な存在 |
ふと、自分に子供ができたらどうなのか?という妄想を、彼女いない暦=年齢な私はしてしまいました。 子供によって違うとは思いますが、何やら不可解な質問などを幼少の頃にはするのでしょか?
どうして人を殺してはいけないの?
そんなこと言われたら驚くでしょう。 では何て言えばいいのか?
理屈じゃないんだよ、と言えばいいのか? 罰の概念を教えるべきか? それとも問い返すべきか?
なんでだと思う? お前はそれがいいと思う?
しかし、何にしろ、物心が付いていない間には、人はもちろん、そして命あるものをむやみに殺してはいけないことを強く言っておくべきだろう。
虫は殺していいのになぜ犬は駄目なのか?
いや、そんなルールはない。 そして虫は殺していい、と誰が言ったのか? きっと、誰も言っていない。 しかし、僕は昨日、洋間に出現した蟻の集団をテイッシュで潰しに潰した。
結局、自分を守るために、人は人を殺さないのだろう。 そして歩道を歩き、行きたいところへ行きたいから守りたいのだろう。 自分が壊れたくないから、そうするのだろう。 そういうことを、子供はいつ実感するのだろう? 僕はいつしたのだろう?
子供の頃、本気で刑務所へ行くことを覚悟して人を殺そうと思ったことなどない。 それは幸せだと思う。 なぜそう思わなかったのか? というより、そんなことを思う暇がなかった。 毎日の疑問を解決するのに必死だった。 そうやって、今の僕になった。
そう、子供がこんな質問をしたとしよう。
なぜ人を殺しちゃいけないの?
そんなことより、皆と遊びなさい。 皆が忙しいのなら、面白いことを自分で探しなさい。
そう言って、僕は彼の背中から視線を逸らさないでいたい。 少なくとも物心がつくまでは。 それは、自分の為でもある。
余談だが、人を殺さないということは、人類の知恵によって回避されるだろう。 今後、21世紀を境に、文明と共に知恵も発達していくことになればいいと思う。 そうすれば、かつてない世紀として歴史に名を残すかもしれない。 文明と知恵の融合に期待せずにはいられない。 どちらも、人類の繁栄をもってして成されることだと思うと、多くの人がそちらの方へ向かって行きそうで頼もしい。 しかし、人を殺さないことが知恵だと思わない人間にとっては、何を言っても聞かないだろう。 そういう人間と戦うことは、至難の技だ。 果たして、共存に向かう道はあるのか?
―END―
|