| 2003年08月23日(土) |
ヒッチコックとスピルバーグ |
「ヒッチコックとスピルバーグ」 あまりにも有名な監督同士である。 2人とも天才であると言っていいだろう。 ただ、私的には、ヒッチコックの方が天才であった時期が長い、と思うけど。
ところで、彼らの作品、それぞれ「鳥」と「JAWS」は、人間以外の生命体が人間を襲うという点で類似している。 簡単に言うと、「鳥」は鳥が人間を、「JAWS」は鮫が人間を襲う話である。
私的には、どちらが面白いかと聞かれれば、迷わず「鳥」と言いたい。 どちらもパニック映画と称さそうな映画だが、すでにタイトルが、つまり<鳥>という名前が、<JAWS>より勝っていると思う。 鳥、と聞いて、(この映画を見る以前の人に限る)その対象を怖れる人がどれほどいるだろうか。 対してJAWSはどうだろう? JAWSの意味がわからなくても、公開当時さえ、何が主役の映画かは、見る前の観客も知っていただろう。 少なくともポスターに鮫の絵が載っていたはずである。 つまり、JAWS=鮫、という公式が、世間には知られていたハズである。 鮫、と聞いてそれが恐怖の対象であると感じる人は、鳥の場合よりも多いだろう。
朝日グラフ別冊生誕100年「映像の魔術師」ヒチコック、という雑誌をめくると、当時の「鳥」のポスターを目にすることができた。 それには、<それは或る日、突然起こった!>というキャッチコピーと共に、手を頭の上にかざしているようなポーズをした金髪の女性と、それに重なるようにプリントされたカラスのような一匹の鳥、そしてそんな鳥の群れが描かれていた。 鳥が人を襲う。 都会ではある話かもしれない。 現に東京のカラスはひどいと聞く。 でも、襲うことは希だろう。 問題なのは、この映画のタイトルから連想する鳥と、映画で人を襲う鳥の集団のギャップである。 このギャップこそがJAWS=鮫にはないもので、それ故に「鳥」はよりショッキングで、サスペンスフルとなったのだろうと思う。 「鳥」は、タイトルの時点で既に「JAWS」を凌駕しているのだ。
しかも、「JAWS」で終盤に登場する鮫の人形は、どうみても作り物にしか見えない。 比べて、「鳥」のエンディングに登場する、主人公らを見つめる鳥達は、風景と溶け込んでぞっとするほど美しい。
ただ、<JAWS>というのは訳すと<顎>であり、「鮫」もしくは「顎」というタイトルよりは相応しかったと思う。
それにしても、この映画はサスペンスであると言えるのか? サスペンス映画の王様である彼の映画の中でも「鳥」は例外的であり、他の作品ではいずれも<犯人>というものの姿が最後まで現れない、というストーリーのものが多い。 普通、それがサスペンスを盛り上げる要素となる。(世間にはコロンボ、古畑型のサスペンスもあるが)
だが、「鳥」では犯人が出ずっぱりである。 「JAWS」でさえ、なかなか姿を現さなかった。 犯人は<鳥>達である。 犯人が鯛焼きにおけるアンコのように初めから最後まで詰まっているストーリーなのに、なぜ人はこの映画に感情を揺さぶられるのか? それはひとえに、カメラワーク、演出の冴えによる。
そういえば、「JAWS」では一匹の鮫が次第に姿を現していったが、「鳥」では 鳥達の群れの意志のようなものが、次第に本格化していったように思い出される。
さきほど言った、カメラワークや演出の<冴え>を知りたい方、感じたい方は、どうぞ「鳥」をご覧になってください。 特に「JAWS」で満足しているあなた。
「森ミステリと理系」 森博嗣のミステリは、理系ミステリと呼ばれる 何が理系なのか? 骨格が理系なのである ただその骨格が成すものに 数学の問題のように答えは用意されていない ただ、その問題とは高校までのそれで 大学で問われる数学の問題には 答えが出ないものの方が多い つまり、高校までの数学の問題が 今までのロジカルなミステリであり 大学の数学の問題が 森氏のミステリなのである ちなみに彼は大学の助教授である
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