イブの流した涙
▼▼▼今回の一言▼▼▼
財布の中身(レシートとかカードの類ではない)がみるみる減っていく

○そのうちに、2003年12月27日(土)「注文をとらない料理店」を完成させる予定

http://d.hatena.ne.jp/Da-Z/
↑というページができました
感想専門の日記です

▼▼▼森博嗣▼▼▼
☆「大学の話をしましょうか」が中央公論新社から発行!
☆「τになるまで待って」が講談社ノベルスより発行!
Gシリーズ第3弾
☆「朽ちる散る落ちる」が講談社文庫から発行!
Vシリーズ第9話
☆「森博嗣の浮遊研究室5 望郷編」がメディアファクトリーから発行!
完結編だそうです
☆「ダウン・ツ・ヘヴン」が中央公論新社より発行!
スカイ・クロラシリーズ第3作
文庫になったらよもうおかな(「ナ・バ・テア」も未読)
☆「君の夢 僕の思考」がPHP文庫より発行!
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◎オススメは「MATEKI−魔的−」(詩集、PHPより発行)です
というより僕が好きなだけ

宝生出演の舞台観ました!(7/26)
詳しいことは月曜の日記にて
・・・と思ったけど
やっぱり水曜の日記分に書きます
と言ってて、未だに書いていない
そのうち書きます
それにしても、もうすぐ一週間経つのか
・・・もうすぐ三週間か
・・・もうすぐ四週間か
・・・一ヶ月越えたな
・・・それどころか二ヶ月経ったな
・・・もうすぐで三ヶ月だよ
・・・経ったな、三ヶ月
そして四ヶ月が過ぎ・・・
半年が過ぎ・・・
七ヶ月が過ぎ・・・
そして八ヶ月(一年の2/3)が過ぎ・・・
驚いたことに十ヶ月が過ぎ・・・
もうとっくに一年経ち・・・
一年と二ヶ月が経ち・・・
二年と二ヶ月が経ち…

2003年08月24日(日) 私的の名言7

「季節の話」
前にも季節の好き嫌いを言ったように思うが、再びこの話題。

結論から言うと、夏と冬が好きである。
ただ、暑いのも寒いのも嫌いである。
夏のクーラー、冬の暖房という環境がいいのである。
厳密に言うと、夏で言えば、クーラーの効いた部屋に入り浸った体を、太陽の照る外気に晒した瞬間がいいのである。
実に贅沢な現代人。

そして春と秋は嫌いである。
春はボーっとする。
秋は風邪をひく。
秋は特に辛い。
中途半端に寒いではないか。
だからといって、暖房を出すのも違う。
肌寒い。
身悶えるわ!!
秋のバカヤロウ。

「真鍋姉妹の名言」
お姉ちゃん、サナダ大学って難しいのかな?

それも読めないような人は絶対早稲田には入れない
(8/22オンエアの「ごきげんよう」より)

上の言葉の<お姉ちゃん>というのは、真鍋かをりのことである。
真鍋かをりには妹がいるらしい。
その妹は現在高校生
姉に言わせると、勉強嫌いで遊んでばっかりいるらしい。
また、東京という土地柄にも憧れているらしい。
そんな妹がある日姉にこう尋ねた。
<お姉ちゃん、サナダ大学って難しい?そこ、学部とかもいっぱいあって、なんか良さそうで・・・>
<サナダ?>
姉はそんな名前の大学を聞いたことがなかった。
<わからないなぁ、パンフレット見せて>
そう言われた妹は、姉にそれを見せた。
姉は驚いた。
そこには早稲田大学、という文字が記されていた。

そんなエピソードを「ごきげんよう」にて話す姉。
そして締めのセリフ。
<それも読めない人は絶対早稲田には入れない>

「明石屋さんまの名言」
浮気しても電気ショックだけで許してくれるでしょ?

彼は『うる星やつら』のラムちゃんが好きらしい。
そして好きな理由が上の名言であるらしい。

「ジミー大西の名言」
あれ、誰かが英訳まちごうてんちゃいますか?
僕は99%の遊び心で1%の閃きや思うんです
誰が99%も努力します?
僕しませんよ

上の名言には間違いがある。
たぶん、<英訳>は、和訳と間違えたのだろう。

それにしても、名言である。
これをテレビのドキュメンタリーで聞いた瞬間、久しぶりに痺れたような気がした。
小学生の頃、きんとき虫と呼ばれていた虫に刺されたとき以来の痺れである。
<あれ>というのは、かの有名なエジソンの名言のことである。
名言を疑う、という発想故に名言であると思う。
やはり彼も、ある種の天才なのだろう。

「冷たい密室と博士たち/森博嗣のカバーに載っている名言(文庫)」
面白ければ良いんだ
面白ければ
無駄遣いではない
子供の砂遊びと同じだよ
面白くなかったら
誰が研究なんて
するもんか

この名言は、本文にも載っている。
誰のセリフだったか、それともセリフでなかったのか、忘れた。
ただ、これが今まで出会った名言の中で、一番印象深い。
どんな歴史上の偉人の名言よりも、深い。
当たり前のことを言っているようでも、誰がこんなことをかつて言っただろう?
勇気のある名言だと思う。
実に自由な発想だ。
これは、上のジミー大西氏のものと似ているとも思う。

「笑わない数学者/森博嗣のカバーに載っている名言(文庫)」
起源は忘却され
伝統の手法だけが
取り残される
たとえ
神のトリックであっても

好奇心とロマンにあふれる名言である。
最近、ことあるごとにこれを思い出す。
時に、起源なんてそんなものか?と絶望したり、反対にそれが大したものでないことに感謝することもある。

たとえば、人類誕生の起源に意味があるのだと、人は思おうとする。(今時いないか)
でも、本当はひょんなきっかけで、偶然生まれたのだとする。
じゃあ、何のために生まれてきたのか?
そんなことを一瞬でも思ったことはないだろうか?
実際、おそらく意味はないだろう。
ただ、昔の人は意味を求めたが、現代人はそれに意味がなくても、むしろ意味がない方が楽だ、と思うだろう。
起源が科学の力によって解明されていく今、人は起源と伝統の手法の間にあるギャップを埋めようと日々努力しているのだろう。

―END―

ついしん
アメリカのことを<人種のサラダボール>と言うが、サラダより鍋だろ、鍋
鍋の方が具は多いぞ!
というわけで・・・
アメリカは、<人種の鍋>である

ついしん2
初めに<泣いてなんかいない。目にゴミが入っただけ>と言い訳をした人は凄いと思う。


 < シーラカンス  everyday history  光の射す方へ >


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