| 2001年08月30日(木) |
『台所のおと』(改) |
雨が降るたびに一歩ずつ秋に近付いていく。 こんな日に外出せずに家で読書ができること幸せに私は思う。
『台所のおと』(幸田文/講談社文庫)
幸田文、こうだあや。 明治の大作家幸田露伴の娘である。 彼女の作品を手に取ったのは今回が初めてであるが、 彼女の名前と初めて出逢った日のことは今でもよく覚えている。
あれは高2の国語科の試験の時のこと、 問題は幸田露伴『牛肉と馬鈴薯』より出題され、 当然国語を得意としていた私はフンフンと解き進んでいた。 しかし、最後の問題を見た瞬間、時間が止まった。
問6.この作者の娘は誰か。
チョーン・・・終わった・・・私は露伴に娘がいることさえ知らなかった。 よって、忘れているものを思い出すのとは訳が違う。 私の17年間からはどれだけ検索をかけても「幸田文」は出てこない。 嗚呼、この作品の作者は誰か、と訊かれたのなら解ったのに・・・ なのに、何故、今、この場で、露伴の「娘」なのか・・・私は先生を恨んだ。 先生が「してやったり」の顔で私を馬鹿にする光景がありありと目に浮かんだ。
その後、勿論先生には馬鹿にされ、私は二度とこの名前を忘れまいと思った。
そして忘れることなく6年間が過ぎ、改めて彼女と向き合う日を迎えたのである。 『台所のおと』は表題作含め10篇から成る短篇集。 内容は決して明るいものばかりではない。 明治を生きた女性が生々しく描かれていて、日本家庭の裏側が見える。 夫と妻との関係は随分変化したように見えても、 根本的な部分では変わっていないことがよく分かるのである。 しかし、幸田文の手にかかればそのドロドロした人間模様さえも時として美しい。 生活の細かな部分にまで行き届いた観察眼と女性特有の上品さが薫る文体。 明治・大正・昭和・平成を生き抜いた女性の持つ誇り高さがそこにはある。
お薦めは「濃紺」、読了後の清涼感はたまらない。
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