速報が飛び込んできたのは午後5時40分を過ぎたぐらいだっただろうか。 居間で呑気にバラエティ番組を観ながらごろごろしていた私は、 テレビ画面上部に矢継早に表示されるニュースに釘付けになった。
「中国道女子中生死亡で中学教師逮捕」
その後のニュースには興奮したアナウンサーによる実況中継が次々と挟まれ、 週明けのワイドショーが騒がしくなるのが目に見えるようだった。
メディアは言う、「まさか教師がっ!?」・・・何を言っているのだ? 教師=聖職者などといった公式はとっくの昔に滅んでいるのだ。 現在の教師は常に心身のどこかを病んでいる。 生徒との関係、同僚との関係、PTAとの関係。 狭い世界に張り巡らされた蜘蛛の糸のような柵が、 じわじわと一人の教師を取り込んで侵食していく。 他人の人生のまだ感受性の強い時期に関与するということは、 たとえたったの一年であったとしても大きなプレッシャーが生じる。 教師はいつでも重圧との攻防戦を繰り広げている戦士なのだ。
よって、最近はその責任の重さに耐えかねて放棄していく教師が増えている。 確かに「学級崩壊」「学校崩壊」、手に負えないことが多いのも事実だ。 時には身の危険を覚える瞬間だってあるかもしれない。 それでも、教師は戦ってなんぼの職業だ。 現実から目を逸らしてはならない。 それが生徒の人生に関与する時の最低限の心構えなのだから。
教師は決して聖職者である必要はない、ただし犯罪者であって良いはずもない。
感情的になった文章に反省を試みる。 この事件に関しては、もっと多くの情報が出、詳しい状況も明らかになるのだろう。 もしかしたら、教師という枠を越えた場所での深い事情もあるのかもしれない。 私の考えが全くの頓珍漢になるということも有り得るだろう。 しかし、教師を目指す卵としては、あまりにも嘆かわしい事件なのだ。 「今の時代に教師をすることにならなくてよかった」 すでに定年された元教師の方がおっしゃった言葉。 それでも教師になりたいと強く願う私は愚か者なのだろうか?
|