10月に開催される学会の案内送付作業を手伝うために院生集合。 ちょうど「二千年の恋」「セミダブル」が再放送されていたので、 何気なく観ていたのだけれど。。。笑う、笑う、とにかく笑う。 金城武が振り向いただけで笑い、中井喜一が眼鏡を弄っただけで笑い、 リアルタイムで観ていた時にはそれなりに真剣だったはずのシーンでさえも、 誰かが噴出すと感染して爆笑に・・・ダメダメだな、こりゃ。
・『花散る頃の殺人』(乃南アサ/新潮文庫)
乃南アサは4冊目。結構好きな女性作家の1人である。 女性が描く女性像は我が身を振り返ってみて共感できる点も多いのであるが、 時としてそのリアルさが不気味に思えるのは同族嫌悪に近いのかも。 そう考えると、桐野夏生が描く女性像にちょっと似ているような気もする。
今作品は音道貴子というバツ1の女性刑事が主人公の短篇集である。 男女平等が叫ばれる現代においてでさえ圧倒的男性有利の職場の中で、 気丈に肩を張って生きている大人の女性・・・格好いいではないか。 しかし、彼女の魅力はそれだけではない。 外面では無関心を装いながらも、女性であることによる不当な扱いに嘆息。 そのくせ、彼女自身は女性であることを捨てきれずにいる。 音道貴子は現代社会で踏ん張る女性の等身大を映していると言えよう。 まぁ、都合のいい時だけ女扱いしてくれとはよくよく我が儘な話ではあるが。
「女性」であるということがすでにハンディになることがある。 その逆も然りなのであるが、双方とも根深い事実であることには違いない。 実際、教師の世界でも「女性が担任なんて不安」と言う親御さんも多いらしい。 そこには理屈も何もない、感覚的に嫌なのだからどうしようもない。 私は男女平等は無理だと思っているし、完全に平等である必要もないと思っている。 結局はソレに向いている人がやったほうが効率がいいからだ。 しかし、感覚だけで「女性は・・・」と言われるのは気持がいいものではない。 「女性」なんて一括りにしないで、個々で説明してみせろっつうのと思わず舌打ち。
どうもこのテの話題に関して知らず知らずのうちに敏感になるのは、 ふとした会話の中で耳につく科白が積もり積もっていくからだろうか。 相手になるのもバカバカしいので、なるべく聞き流すようにしているのだが。 「女で院なんか行ってどうすんの?」 ・・・どうするかは知らないが少なくとも貴様には関係ないことを早く悟れ。
後書で「近頃の女性は怒りっぽい」という言葉に対して作者が一言。
『怒りっぽくなったんじゃなくて、男性の無神経な発言に対して、 昔ほど我慢しなくなったんだと思います。』
・・・まぁ、そういうことなので、悪しからず。
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