本日の一冊: ・『血の色』(吉本ばなな/新潮社『吉本ばなな自選選集1 Occult』)
書き下ろし作品なので、勿論初めて読む作品である。 著者はこの作品を上梓するにあたって次のような一文を残している。 ・・・以下、「オカルトと私:あとがき」参照。
(選集1を)まとめて読んでみると、勘で何かがわかってしまうということの 寂しさはよく出ていると思う。勘がいいということは、たぶん、両刃の剣で、 悪いこともたくさんあるのだと思います。 書き下ろしの短編「血の色」は勘というものがよく生きた例を描いていま すが、それでもよりいっそう、寂しい感じと紙一重な気がします。
「勘」というものは、一種の予知能力のようなものなのかもしれない。 私自身は目に見えない何かに対しては鈍感以外の何者でもないのであるが、 「勘」が鋭い人が世の中に確かに存在し得ることぐらいは知っている。 さらに、彼等は常に少数派であるが故の孤独を背負っているということも。 その孤独を著者は「寂しさ」と呼ぶのであろうか?
ただし、実は今作品に限っては私はわずかに差し込んだ希望の光を見る。 否、希望というよりは、当然のことを再認識できた時の安心感といおうか。
私がばかでのんきで小さなことにもつまづき悩み心を痛め悪い予感におびえ・・・・・・ どうしようもなくても、私の体は勝手に私のために働いて、全部の力を使って できる限り守ってくれる、なんとかしてくれる。 これからも、これまでも。
悪い予感は往々にして当たるものだ、嫌なことは意外と続くものだ。 それでもギリギリまで持ちこたえて、何とか踏ん張っていれば、 ふっと不幸のタイミングをやり過ごすことができる時期がくる。 そのことを一番承知しているのが、実は自分自身だということなのだ。
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