日本語学演習のレジュメを作るために論文を読む・・・分からん。 どうして日本語学の勉強しようと思ってるのに、 ポルトガル語の知識がこんなに必要なんだ〜〜!? ということで、ポルトガル人留学生に教えてもらう。 異国語を学ぶ留学生の気持がちょっとだけ分かった。
本日の一作: ・『簫々館日録』(久世光彦/中央公論新社)
今年度泉鏡花文学賞受賞作。 泉鏡花文学賞は地元で最も権威ある文学賞であり、 受賞作も「おっ、これは」と思わせるものを選んでくるから面白い。 たとえば、第16回受賞作は吉本ばななの『キッチン』なのだからやるじゃないか。 3年ほど前の受賞作が京極夏彦の『嗤う伊右衛門』だった時も興奮した。
そして、今年はコレである。 主人公は作家・児島簫々を父に持つ5歳の少女・麗子。 父親の趣味で岸田劉生の「麗子像」そっくりの格好をしている。 そんな彼女の家には父親の友人である美学教授や作家仲間、 精神科の医者や編集者など多彩な顔ぶれが毎日のようにやって来る。 麗子は世間的には一癖も二癖もある大人達を観察しながら成長するのだ。 その構図はさながら夏目先生の『吾輩は猫である』を思わせる。 苦沙弥先生は児島簫々、迷亭は迷々だろうし、猫は勿論麗子である。 (久世氏は『猫』信奉者なので間違いないとふんでいる)。
さて、何が面白いって作品中に溢れている作家陣の名前である。 友人の中に含まれる九鬼は芥川龍之介、蒲池寛は菊池寛とぼかしているが、 明治から大正にかけて活躍していく作家の名前が惜しげもなく出てくる。 児島簫々自身は創作であろうが、本当に当時の文壇状況を再現しているようだ。 そして、作家の日常や・・・苦悩が多く、かつ誇り高い、作家の生態をも。
現在の作家陣がどれほど群れても、何とも思わないくせに、 過去の作家陣の交流模様を知ると、何故こんなにもときめくのだろう。 願わくば、ひとめでもその光景を見てみたかった・・・なんてね。
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