ヤグネットの毎日
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2002年02月28日(木) さようなら 松山千春

昨日は、ホームページの更新や生活相談の段取りなどなどで、昼間は結構忙しかった。
 「ムネオ疑惑」追及でいまや時の人となった佐々木憲昭衆院議員のサイトを仕事のサイトのトップページで、紹介しリンクをはらせてもらおうと、事務所に電話をしてみた。
 衆議院の佐々木室には、僕の大学時代の先輩が秘書で入っているので、その方が出てくれたらうれしいな、と思っていた。すると、「ぴったしカンカン!」(ちょっと古いか)、先輩が電話にでた。
 あの国会での質問以来、取材攻勢やテレビ出演などで佐々木室(事務所)は、嵐のような日々だそうだ。
 それだけ、国民の怒りを代弁し期待が集まっている、ということの証だろう。「健康に十分留意してください」とつたえ、快くリンク了解してもらった。

 この話しの関連で、もう少し書いておきたいことがある。
 昨日の昼、テレビ朝日系の番組で佐々木憲昭さんとシンガーソングライターの松山千春が激論を交わしていた。
 僕はなにを隠そう、松山千春の大ファン、だった。「だった」というのは、昨日の番組をみて、ファンであることに決別しようと思ったのだ。

 中学生二年生の宿泊学習の時のことだ。
 「赤面山(あかづら)」という、そう高くない山を登る企画があった。僕は、クラス委員としてみんなの先頭にたって歩いていた。ところが、山の中腹で同じクラスの女子が体調を崩し、歩けなくなった。
 そのとき僕は、その女子を背負って頂上を目指した。その道々で、歌ったのが、松山千春の「大空と大地の中で」だった。

 ♪ 果てしない大空と広い大地のその中で
   いつの日か 幸せを
   自分の腕で つかむよう
  
   凍えた両手に息をふきかけて
   しばれたからだをあたためて
   
   生きることがつらいとか
   苦しいだとか いうまえに
   野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

 すがすがしい、空の青さと澄んだ空気のうまさを、いまでも覚えている。松山千春は、そんな僕の淡い青春時代の思い出に欠かせない存在だった。
 昨日とても残念だと思ったのは、松山千春は「音楽っていうのは、政治や宗教を超えたもの」といっていた。それは、正しいのだ。
 ところが、司会者から、「鈴木ムネオさんと同じ選挙区から衆議院にでる気持ちはあるのか?」と聞かれて、「バッチをつけなくても、政治活動はできる。生活していることそれ自体が政治にかかわっていることだ。ギターを弾くことで政治に参加することはできる」と答えていた。

 それならば、僕はいいたい。
 松山千春がまずやるべきは、テレビにでて、鈴木ムネオを結果として擁護するような発言をするのではなく、人道援助の名のもとに地元企業に便宜をはかり、施設には自分の名前を冠し、工事受注会社から政治献金をもらって、私腹を肥やす。国民の税金を食い物にする、という鈴木ムネオのゆがんだ政治姿勢をただすこと、それを音楽を通じてメッセージをだすべきなのではないか?と。
 「一方的に攻められるのは、公正じゃない。鈴木さんが可哀相」というのは、音楽がめざす、人間の心の解放、美しく価値あるものを求めるというものとは程遠い、それこそ「政治的」発言だ。

 だから、僕はファンであることをやめようと思った。
 自分の気持ちを音楽で訴えることをしなかった彼に失望したからだ。
 しばらく彼の歌はうたえないかもしれない。何か、自分の青春時代が傷つけられたような、もの悲しさを感じる。


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