日記でもなく、手紙でもなく
DiaryINDEXpastwill


2002年08月07日(水) HAYASHIの数量化理論

 日本の統計学者で世界的に有名な林知己夫氏(元文部省統計数理研究所・所長)が、6日亡くなったというニュースをタクシーの中で聞く。家に帰った後で、TVのニュースでも流れた。
 学生時代に、この人のことを聞いて、実際には会社に入ってから、2−3回セミナーなどで話を聞く機会があった。かなり明瞭に話をする人だったことを今でも記憶している。

 世界的に有名になったというのは、この人の<数量化理論>によるものだ。
 一般的な統計処理において、それまでは、その分析対象となる、例えば、ある質問に対しての回答であるとか、対象者における何らかの反応などの分布状態を仮定して、その分析の考え方や、様々な処理手順などが用意されていた。典型的には、正規分布を仮定するとか、カイ2乗分布を仮定するとか、そのような仮定が成立していると見なして、処理を行っていたようなことが多々あった。
 しかし、アンケートなどでよく使われる、「この中から好きなものをいくつでも選んで下さい」とか、「○○について、次のようないくつかの意見がありますが、あなたはそれぞれについて、そのとおりだと思うか、全く違うと思うか、5段階でお答えください」などという質問と回答のパターンなどでは、予め反応分布を想定できるようなものは、かなり少ないのが現実だ。
 このような場合、たぶんこのような反応分布であろうと想定し、その分布に基づく統計処理をする――などのことも、やってやれないことはないが、見かけの相関に邪魔されてしまい、その分析結果が本当にそのようなことなのかどうか、時々疑わしく思われるような結果がでてきてしまったりもする。

 先にあげたような、アンケートなどでよく使われる、質問に対して予め回答のカテゴリー(選択肢)が用意され、それに対して回答してもらうような場合、カテゴリー変数とか質的変数と呼ぶことで、それまでの量的変数と区別し、それらのカテゴリー変数(質的変数)を、反応分布を想定せずとも、多くの質問と回答の間にある共通の要素を抽出したり、予測の際に重要なファクターを発見したりするのに効果的な処理概念とその処理手順を提示した。これが、数量化理論のざっくりとした話である。
 林氏は、この理論を、現実の選挙予測や、価値観の分析に適用して、その成果を提示していくことになる。理論と実践のバランスがとれていた人であったに違いない。

 ただ、この数量化理論が生まれてきた背景には、林氏がいた統計数理研究所で、戦後日本人研究というのが行われ、その国際比較を行っていくような場合、どうしても旧来の処理方法ではうまく結果が出てこなかった、ということがあったらしい。それならば、ということで開発されたものが、数量化理論だったとも。そのような意味からすれば、極めて実務能力の高い人であったようにも思われる。
 日本人の価値観の研究では、この分析によって、日本人の価値を支配している考え方に<保守−革新>、<古い−新しい>という基本的な軸があることを、いくつもの事例により明らかにしている。この日本人の判断基準は、現在でもまだまだ残っているようだ。

 戦後日本で、このような新しい統計処理の概念が出現することで、世界から注目されると同時に、これに刺激を受ける形で、米国の心理学者などが、新しい処理や尺度構成法を生み出していくことにもなった、ということも聞き及ぶ。84歳。


riviera70fm |MAIL