鼻くそ駄文日記
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2003年08月19日(火) とことん夏休み企画4

まだ小説です。

  『科学的証拠』



 杉下先生は、男子児童を説得しながら実験を行う児童を割り当てる。
 良太はさっき、体育の模範演技をやったからだめ。
 そうだな、康平はここのところ、当ててなかったからじゃあ康平が塩酸のビーカーを持って石灰石にかけてもらおう。
 それで、先生がガラス棒を持ってるから、このガラス棒めがけてゆっくり塩酸を石灰石にかけてくれ。
 英二は石灰石から気体が発生したらビーカーのふたをガラス板で閉じる役、それから素行が本当に二酸化炭素か確かめるためにろうそくの火をビーカーに入れてくれるか? それでいいか。
 えーっ、という声が選ばれなかった児童から起こるが、さりとて激しく反発はしない。
 良太がビーカーを持つと、クラス中の視線がビーカーに集中する。
 男子のほとんどと女子の一部が、身を乗り出してビーカーの周りに集まっている。椅子に座っていた女子は椅子の上に立たないと実験が見えない。
 和美は立ち上がった。あわせるように美樹子も椅子の上に立つ。
 石灰石が塩酸に反応し、ほの白い煙を出すと男子が大声で、おおっと唸った。
 英二があわててビーカーにふたをする。
「二酸化炭素って重いんだよ」
 美樹子が小声で和美に言った。
「そうなんだ」
 和美は、美樹子の知識を尊敬していることを表現するために頷いた。気体に重さがある、という概念を和美は知らない。
「だからふたなんかしなくてもいいのに」
 杉下先生がろうそくに火をつける。
「これで火が消えれば、二酸化炭素だったという科学的証拠だぞ」
 ろうそくを素行に渡す。固唾を飲んで児童は素行の持ったろうそくを見つめている。
「火が消える気体なんて二酸化炭素以外にもたくさんあるのにねえ」
 美樹子はまた、和美に話しかけた。
「ふーん」
 ろうそくが消える。男子児童が歓声をあげる。和美も科学的証拠を目の当たりにして興奮した。
「ねえ、やっぱりなんかくさいよね」
 興奮に包まれたクラスの中、美樹子は和美の肩を叩く。
「ろうそくの臭いじゃないの」
 和美は美樹子を見ないで言った。視線は消えたろうそくに釘付けだ。
「つまり、こうやって二酸化炭素が発生すると言うわけだな。じゃあ、席に着いて。先生が、このことの説明をはじめよう」
 えーっ、げーっと不平を言いながらも、児童はおとなしく自分の席に戻る。椅子の上に立っていた女子児童も椅子を手で払ってから、椅子に座った。
 授業中、和美は考えていた。
 和美は臭いの原因を知っている。
 それを正直に話すべきだろうか?
 美樹子の近くで注意深く臭いを嗅ぐと、むっとするほどではないけれどいやな臭いがする。
 間違いなく、臭いのもとは美樹子であることを確信している。
 だけど、その美樹子は臭いのもとが自分だとは思っていない。くさいくさいを連呼している。
 それなのに、本当はまわりがくさいんじゃなくてあんたがくさいんだよと言えるか?
 友達だったら言うべきだ、と和美は考えていた。
 しかし、美樹子とその話になるたびに、和美は気がつかないふりをし続けた。
 いまさら言ったら、信頼をなくしてしまうかもしれない。
 知ってたけど、知らないふりをしたなんて、裏切り者だ。
 それにプライドの高い美樹子が真実を知って傷つく姿を目の前で見たくなかった。
 和美はそれからもずっと悩んでいた。
 家に帰って、お母さんにだけそのことを話した。
 お母さんは深刻な和美とは違い、話を聞くなり大声で笑い出した。
「あんたたちってバカねえ。いいのよ。黙っててもそのうち、気づくでしょ」
「どうして?」
「だって、美樹子ちゃん、お家にも帰るんでしょ。お家に帰っても同じ臭いがしてたらおかしいと思うじゃない。それで臭いの原因が学校じゃないのがわかるでしょ」
 翌日から、美樹子のランドセルには腋にスプレーする消臭デオドランドが入っていた。
 美樹子は、和美がどうしたのと訊く前に、自分から「ちょっとおしゃれをしてるの。レディのたしなみよ」と言って体育のあとにはスプレーを腋に吹きつけるようになった。


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