鼻くそ駄文日記
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2003年08月23日(土) |
夏休みは夢の中企画8 |
小説だ
『いただきません』
康平はあれからもう二週間も経つのに、腹の虫が治まってなかった。 なんだい、みんな、きれいごとを言いやがって。 康平は、言っていることとやっていることの違う人間こそよくないと思っていた。 自分の言ったことには責任を持たなきゃ。 嘘つきは泥棒のはじまりなんだから。 そのことをちゃんとクラスのみんなに教えなければいけない。 康平は怒りから使命感に燃えていた。 そして、今日がそのチャンスなのである。ついに、給食当番が巡ってきたのだ。 四時限目の授業が終わると、康平は急いで白い割烹着を羽織った。誰よりも早く配膳室に並べてあるワゴンに着いて、今日のメインディッシュ・白身魚のフライを配膳する役にならなければならない。 他の給食当番はそれほど使命感には燃えていない。だから、康平は楽々と白身魚のフライを配膳する役回りにつけた。 先端がVの字に割れているステンレス製のばかでかい毛抜きのような道具に力をこめて、白身魚のフライをつかむ。白身魚のフライはぐにゃっとつぶれた。だが、康平はつぶれたフライを気にせず食器に入れる。 また、つかむ。ぐにゃっ。更につかむ。ぐにゃっ。 しかし、並んでいる児童はそれを見て驚いた顔はしても、文句ひとつ康平には言わない。 「ごめん、また形がくずれちゃった。なんだか勘がつかめなくてね」 康平は言う。並べられた食器には原型をとどめている白身魚のフライはひとつもなかった。 担任の杉下はそれを見て、康平を注意しようかと思った。 だが、康平がわざとではなかったら、と考えるとできなかった。 苦手なことでも一生懸命やりなさい、と教室では話している。 図工の時間で、できが悪くても一生懸命描いた絵なら先生はすばらしいと思う、とも言ってしまった。 だから、杉下には康平を注意することが出来なかった。 突然、配膳の列に並んでいる美樹子が叫んだ。 「こんな、汚いの、わたし食べれない!」 美樹子の隣では和美がおろおろして立っている。 杉下はあわてて美樹子に駆け寄った。 「どうしたんだい?」 美樹子は康平がぐにゃっと潰した白身魚のフライを指さした。 「わたし、あんな汚いの食べれません」 「汚いもなにも清潔な給食だよ」 杉下は美樹子の背中をなでながら言った。 「おい、美樹子、おまえ崩れたハンバーグを食べるって言ったじゃねえか。なんで、このフライが食べれないんだよ!」 康平がマスクをしたまま美樹子を睨む。 「だって、あんたわざとやってるでしょ! テレビみたいに仕方なく崩れたのならしようがないかなあとも思うけど、そんなわざと汚くしたもの食べられるわけないでしょ」 美樹子は言い返した。 杉下は美樹子の背中をなで続ける。 「わかったわかった。美樹子、おまえが食べられないって言うんなら残してもいい。でも、康平だって一生懸命配膳したかもしれないんだ。だから、このフライの皿、受け取るだけ受け取りなさい」 そう言って、美樹子の返事を待たないで杉下は美樹子のトレイに出来るだけ見栄えのいいフライをのせた。 康平の顔は納得してなかった。美樹子の顔も納得していなかった。 だが、十分後、教室はいつも通りの「いただきます」の声で給食がスタートした。
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