解放区

2014年02月06日(木) 詐欺師について。

生搾りのりんごを箱買いした。期間限定なので楽しみに飲んだが、まるでジュースですな。いくらでも飲めそうなのだが、二箱買ったのでしばらくは楽しめるだろう。


てめえがまじめに勉強する気になったのは、高校を出てプラスチック工場でしこしこと働いていた時だった。

それまでは、恥ずかしいことに人生について何一つ真面目に考えていなかった。ただ日々の快楽だけを求めて生きていた。学校の勉強も、数学以外は大嫌いだった。ので、高校を卒業した時は本当に清々したのをよく覚えている。

高校を卒業して、プラスチック工場で働き始めた。当時はまだ週休2日制度は行き渡っておらず、月曜日から土曜日までよく働いた。働き始めた頃は、毎日学校に行かなくても良いというただそれだけが幸せだった。しかも、働いた分だけ給料も頂ける。仕事はつらかったが、自分よりも年上の人たちに囲まれて過ごし、なんだか大人になれたような気がした18の春だった。


なんか違うのではないだろうか? と思い始めたのは夏に差し掛かる頃だったと思う。なんだかよくわからない違和感が常に自分の中に澱のように溜まって行ったのだ。朝早く起きて自転車で職場に行き、夜は真っ暗になっても働く。昼休みと3時の休憩時間以外は、ひたすら機械の前での単純作業に追われていた。

機械の扉を閉めると金型にあつく熱したプラスチックが注ぎ込まれ、それを冷却水で冷やし製品が出来る。てめえはそれをひたすら検品し段ボールの箱に詰めていく。

短い休憩時間には阪神タイガースの成績を憂い、週末の競馬予想に花を咲かせる。そしてどうでもいいゴシップで気を紛らわせる。まあそこら辺は底辺高校にいた時と何ら変わることのない日常ではあったが、てめえには違和感が溜まって行ったのだ。「これでいいのか?」と。

これでいいのか? このまま自分の時間を切り売りして過ごし、気が付けば物好きな女と一緒になり。そもそも物好きな女などいるのか? そして朝早くに家を出て夜遅くに油まみれになって帰ってくる父ちゃんになる。それはそれで一つの形だけれども。

何かに騙されていないだろうか?

そう、てめえがずっと感じてきた「違和感」は、そこだったのだ。そのことに気が付き、てめえは慄然とした。社長に騙されているわけでも工場長に騙されているわけでもなく、会社に騙されているわけでもない。もっと大きな何か、いわば「社会のシステム」というか、そういった社会そのものに騙されているのではないか? と悟ったのだ。


じゃあ何がてめえを騙し、陥れようとしているのか。どこかに詐欺師がいるのか。それを考えたが、答えを得るには自分はアホすぎた。今思うと誰も騙そうとしていなかったのだが、それを理解するにはあまりに脳みそが足りなさすぎたのだ。


とにかく勉強しなければならない。てめえは生まれて初めて心の底からそう思った。知識がないと、何かに騙されていても自分はきっと気が付かないだろう。

てめえはしばらくして工場を辞めた。かなりまじめに働いていたので周囲からは驚かれたが、「やっぱり大学に行って勉強します」と正直に話をしたらみんなに喜ばれた。みなさんお父さんお母さんの気持ちで応援してくれたのだ。

工場を辞めてからはトイレに入っている間も食事の時も勉強した。自分にはあまりに時間がなかった。風呂に入る時には、問題を暗記して、風呂に入って考えた。とにかく寝る時間以外は全て勉強にあてた。一度悟りを開いた人間は強い。

そんなわけで、予備校にも通わずひたすら独学を通し、翌年の春にてめえは無事大学生になった。



さて、何が言いたいのかというと、知識がなければ人間は容易く「何かに」騙される、ということだ。自分は悟りを開いたのでその点はよく理解しているつもりだ。そして人は、時には知識のない人を騙そうとするし、知識がなければ容易に騙されることがある。


ようやく本題に入るが、昨日のニュースにあった、音楽のゴーストライター話の件である。

てめえは音楽が好きなので、彼のことはどこかで知っていた。ただし、初めてその存在を知った時から「かなり胡散臭い」と思っていたのだ。自分が知識のない人間だったら、いとも容易く騙されたのだろうと思う。また、本題からは外れるが彼の持つ「卑屈さ」も、てめえは理解できる。

初めて彼の話を聞いた時の印象は「この話が本当だったら、本当にかわいそうな話だが、はたしてほんまか?」であった。


その一。「被爆二世」を語っている時点で胡散臭さ満点である。なぜなら、「被爆者の子には、放射線の影響は全くない」というのが医学界の常識だからだ。そういった研究がしっかり存在している。被爆二世は、被曝と全く関係ない人と比べて、あらゆる疾患の有病率が全く同じであった(厳密に言うと、有意差はなかった)。ということは、放射線は被爆者のDNAを傷つけないということである。これはこれで医学上の意義があるが、それはまた別の話になるのでここでは述べない。

なので被爆二世は医学上特別扱いされることもないし、そもそもそのことをあえて暴露する必要がない。メリットもない。

それをあえて押し出すという時点で、正直胡散臭さ満点である。


その二。「激しい頭痛とめまいと耳鳴を生じ、難聴に至る病気」は、ない。少なくとも典型的には存在しない。

最も近い症状の病気とすれば「メニエール病」だが、これは耳の病気なので頭痛は単なる随伴症状である。また、耳の機能が完全に破壊されれば症状は消失する。

したがって、難聴になれば、耳が聞こえなくなれば症状は軽減するはずである。だから、メニエール病の治療の選択肢の中に「耳を破壊する」という治療法があるのだ。

腎臓からたんぱく質が大量に漏れていく「ネフローゼ症候群」という病気もあるが、これも腎機能が廃絶されればたんぱくは漏れなくなるので「治癒」する。これと同じである。

そもそも後天的に難聴になること自体あまりないし、あってもそのほとんどは薬剤性である。てめえが診てきた難聴の多くは薬剤性、もっとはっきり書けば「ストレプトマイシンによる難聴」である。また、本物のメニエール病も実際はほとんど存在しない。自分で「私はメニエール病」という人はよく来るが、本物はほとんどいない。その多くはBPPV(良性発作性頭位めまい症)である。


この二点でてめえは胡散臭さを感じたのだ。

今回のニュースを聴いた時も「ああやっぱり詐欺師だったか」とはっきりと思った。おそらく耳が聞こえないのも嘘なんだろう。

そこまでして認められたかった、その「卑屈さ」は、私にはよく理解できる。ただし現状はあまりにもてめえと彼とは差ができた。

もしかすると、難聴を訴えていた「彼」は、かつての私自身だったかもしれない。工場の中で悟りを開くのが遅ければ。そして教育の機会を得ることがなく、誰かに何かを認められたいと思ったならば。繰り返すニュースを見ながら、てめえはそう思った。


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