Sun Set Days
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2002年01月11日(金) ハードボイルドなふくびき+『ホワイト・ティース(上)』

 太郎君は、その午後上機嫌でした。
 太郎君は11歳。遊戯王とベイブレードが大好きな、わかば台小学校の4年生です。
 太郎君の手には、母親からもらった新春大売出しの福引券が握られています。
 新春年賀福引は、郊外にできた大型ショッピング・センターの影響で売上が減少しているわかば台商店街が、存亡の危機をかけて総力を結集して行っているビックイベントです。

「ふくびき!」

 太郎君は嬉しそうにそう言いながら、まるでスキップでもはじめそうな勢いで商店街までの道を歩いていきます。あんまりご機嫌なので、「ふくびきのうた」を作詞作曲してしまうほどです。


 ふくびきのうた(Fukubiki Song)     作詞・作曲 鈴木 太郎


 ふくびき ふくびき ウォゥ ウォゥ ウォゥ
 ふくびき ふくびき ウォゥ ウォゥ ウォゥ

 赤くてにくい ガラガラを
 祈りをこめて 回します

 がらがら がらがら ウォゥ ウォゥ ウォゥ
 がらがら がらがら ウォゥ ウォゥ ウォゥ


 I LOVE FUKUBIKI I NEED FUKUBIKI
 I WANT WHITE BALL? No! No! No!
 I WANT RED BALL? Yes! Yes! Yes!

 Fukubiki〜

(※部分繰り返し)


 ……まあ、とにかく太郎君は上機嫌です。
 がらがらまわす福引なんて、いままでテレビでしか見たことがないのです。
 それを、ついに自分でやることができるのです。
 太郎君の手には福引5回分の券が握られています。
 福引は3000円券で1回、1000円と200円の補助券も3000円分集めればもちろん1回回すことができます。
 その福引券は、商店街のオモチャ屋で太郎君へのクリスマスプレゼントを買ったときにもらったものなのですが、もちろん太郎君はそういうことはわかりません。

 太郎君は福引所の前にたどり着きました。
 赤と白の布が、おめでたい気分を盛り上げています。

「こんにちは〜」

 引き戸を右に引きながら、太郎君は元気よく挨拶をします。
 太郎君の両親は、挨拶だけはしっかりできるようにと太郎君を育て上げました。
 その結果、太郎君はどこであっても、見知らぬ人に出会っても、元気よく満面の笑顔で挨拶をすることができます。
 挨拶がちゃんとできるということが太郎君の人生を救うことになるのですが、それはまた別のお話。

「おおー、ボウズ、福引にきたのか?」

 いかにもキップのよさそうなおじちゃんが、太郎君にそう笑いかけます。

「うんっ。特賞を根こそぎ奪いにきたんだ」

 太郎君はなかなか勇ましいことを言います。子供だと思っていると、足元をすくわれそうです。

「大きく出たなボウズ。ただな、うちの商店街の福引は、そう簡単にはいかないぜ」

 おじちゃんは、そう言って太郎君の度胸を試すようににらみをきかせます。

「あらあら、この人はいつもこうだよ。こわいおじちゃんは気にしないで、こっちへいらっしゃい」

 優しそうなおばちゃんが、そう言って太郎君を福引のがらがらの前に呼び寄せます。

「うんっ」

 太郎君はふくびきのがらがらの前に立ちます。赤というよりは少し朱色がかったがらがらは、なかなかに年代物です。一説によると、わかば台商店街のがらがらは、毎朝太極拳をかかさない町内会長が骨董品屋で買ってきた物で、遣隋使が中国から持ち帰ったものであるとも言われています。確かによく見てみると、裏の方に「小野妹子」というサインが彫られています。

「いいかボウズ。お前ふくびきははじめてか?」

「うんっ、はじめてだよ! もうドキドキだよ!」

「そうか。なら、まず簡単にわかば台商店街の福引の説明からはじめなければならない」

 おじちゃんは、そう言ってゆっくりと秘密を語るように喋りだします。さっきまでの江戸っ子風の表情は影を潜め、かわりに、ハンフリー・ボガードのような渋い声にかわります。

「いいかボウズ。男にはな、回さなければならないときがある。わかるな?」

「うんっ。今日がそのときだね!」

「そうだ。今日がそのときだ。回すのはなんだ?」

「がらがら!」

「そう、がらがらだ。お前はこれから、この目の前にあるがらがらを回す。何回回せる?」

「5回だよ! すごいでしょ!」

「……5回か。難しい回数では、ある」

 おじちゃんは深刻そうな表情で太郎君の目をじっと見つめてきます。そこには暗い森の奥の、静けさをたたえた湖のように深い過去の悲しみが宿っているのですが、太郎君にはもちろんそんなことはわかりません。(このおじちゃん。ほっぺたのほくろから毛がはえてる! しかも長いぞ! すごく長い!)と声に出さずに思っています。

「このがらがらの中には、全部で7種類の色球が入っている。7種類だ。もちろん――(ここでおじちゃんは自分の言葉が周囲に溶け込むのを確認するようにゆっくりと間をおきます)――この数にも意味がある。七っていうのはな、昔から宿命的な数字なんだ。世界をめぐる七つの海、夜空に輝く北斗七星、そして――七草粥」

 うへえ! 太郎君はそう言います。

「あれしょっぱいんだもの! 僕にがてなんだ」

「――まあ、それはママに塩加減を変えてもらえばいい。問題なのはこの――がらがらの中に7種類の球が入っているということだ。そしてそれぞれの色には意味がある。いいか、意味があるんだ。それを忘れちゃいけない」

 太郎君は、早くがらがらを回したくて仕方がないのですが、おじちゃんの話はまだしばらく続きそうです。おばちゃんは横でやれやれっていうゼスチャーをしています。

「まず、白球――これは残念ながらはずれだ。ゲームオーバーだ。ママに報告したら、残念がられる。
そして、緑球――これもはずれだ。
黄球――これもはずれ」

「はずればっかしじゃん!」

「いいかボウズ。このがらがらはひとつの『世界』だ。そしてこの世界にははずれのほうが多いんだ」

「そんなことないよ!」

「それからオレンジ球――これが3等。商品は美白剤だ」

「ビハクザイ? なにそれ?」

「肌が白くなる魔法の薬だ。これは本当にすごい」

「なんだかあんまりいいものじゃないみたいだね」

「そんなことはないぞ。ほら、あの有名なアーティストのなんとかジャクソンも使っているというくらいの薬だ。とにかくもう、ものすごく白くなる。やばいくらいにな」

「ふーん」

「そして桃色――これが2等。商品は未来からきたネコ型ロボットだ」

「なにそれ?」

「こいつはすごいぞ。ポケットの中から何でも出しちまう。しかも眠るのも押し入れでいいんだ。場所もとらない。まあ、ただし、ドラ焼を食わせないといけない。1日3回だ」

「結構維持が大変だね」

「まあ、でもとにかく便利だ」

「そして、最後が赤球――1等。つまり、特賞だ」

「特賞!」

「特賞の賞品は、モーニング娘。だ」

「モーニング娘。?」

「そう。ボウズ、お前がモーニング娘。になれるんだ」

「ええっ!」

 太郎君は驚きます。自分がなっちやゴマキに混ざって歌ったり踊ったりしている姿を思い浮かべます。

「す、すごいね! 同じクラスの伊藤さんもモーニング娘。になりたいって言ってるよ!」

「そうか、じゃあ伊藤さんにも福引券をためるように伝えてあげてくれ。オーディションよりも、近道だってな」

「うんっ」

「……もちろん、当たりは一つしかない。このがらがらの中には、いま3264球入っている。その中に特賞はたった一つしかない。たった一つだ」

「難しいってことだね?」

「そうだボウズ。お前は飲み込みがはやいな。この非情な時代を生き抜くにはそうじゃないといけない。それでもやるか?」

「……ゴクッ」太郎君は息を飲み込みます。「……や、やるよ。もちろんやるよ!」

「ようし、そうだ。よく言ったヤング・ボーイ」

 おじちゃんはそう言うと太郎君の肩を叩いて、手から5回分の福引券を受け取ります。

「……ようし、5回分、ちゃんとある。ボウズ、お前の権利は5回分だ。1回たりとも多くても少なくてもいけない。5回ぴったりだ」

「……あれ?」

 ふいに太郎君が動きを止めます。

「どうしたボウズ?」

「さっき七色、って言ってたよね」

「そうだ。七色だ」

「じゃあ、まだ六色しか聞いてないよ。だって、白球でしょ、緑、黄色、オレンジ、桃、赤。ほうら、六色だ!」

「……よく気がついたな。さすがだな」

「ねえなに、教えてよ!」

 太郎君はそうせがみます。

「仕方ないな」おじちゃんはそう言います。「……カントリー娘。だ」

「え?」太郎君は一瞬動きが止まります。

「最後の茶球が出ると、カントリー娘。になれる」

「……そ、それはこわいね」太郎君は神妙な表情で言います。

「別に隠していたわけじゃないんだぜ、ボウズ。ただ言い忘れてたってだけだ。そういうこともある」

「……うん。わかったよ」

「ようし、時間だ」

 おじちゃんは腕時計をつけてもいないのに、自分の腕を見ると、そう言います。

 太郎君は、がらがらに手をかけます。重い感触があります。この中にたった一つかもしれないけれど、特賞の赤球が入っている。それが出てくる可能性は0ではないのです。

 太郎君はがらがらをゆっくりと回します。

 コトン。

 青球が小さな四角い受け皿の中を転がります。

「……あれ? 青球だよ。さっき言ってなかったよね」

「……で、出ちまった」

 おじちゃんはそう言って首をゆっくりと横に振ります。

「ね、ねえ、これなんなの? 青球だよ。どういう意味があるの?」

「……TOM CATだ」

「え? トム、何?」

「ふられ気分でロックをするんだよ」

「な、何それ?」

「とにかく、お前はTOM CATになれるんだよ。TOM CATに」


 おじちゃんはそう言うと、奥から年代物のキーボードを持ってくるのでした。


 ……。


<太郎君の初ふくびき結果>

 白球:はずれ
 白球:はずれ
 白球:はずれ
 白球:はずれ
 青球:TOM CAT


 今日のDaysは世代を選びますね。

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『ホワイト・ティース(上)』読了。ゼイディー・スミス。小竹由美子訳。新潮社。

 感想は、下巻も読み終えてから。


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 お知らせ

「雪見だいふく」発売20周年記念として、「紅白雪見だいふく」が発売されるそうです。
 中におみくじが入っていて、小吉・中吉・大吉になっているとか。
 そして、大吉の上のおみくじが、「大福」って言うようです……。
 それにしても、もう20周年になるのですね。


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