Sun Set Days
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2002年04月02日(火) 午前5時の街

 4月2日火曜日午前5時。
 僕は天神の路地にいた。
 夜の間中ビジネスホテルの部屋で仕事をしていて、ようやくひと段落ついたのがその時間だったのだ。それで、いま眠ってしまったらまず起きれなくなってしまうだろうなと思い、栄養ドリンクを買いにコンビニにまで行くことにしたのだった。
 7階の部屋に泊まっていたので、人気のない廊下を歩いてまずは小さなエレベーターホールを目指す。
 ビジネスホテルの床のじゅうたんは、どうしてか時間のようなものまで吸い込んでしまうような気がする。
 たぶんいまこのフロアの宿泊客で起きているのは僕ともう1人くらいだろうなあと思いながら、
 欠伸を一度。
 エレベーターで1階に下りると、ホテルマンの方々が伝票のようなものをチェックしているところだった。
「コンビニに行ってくるだけなんですけど、カギ預けた方がいいですか?」
 そう訊いてみる。
「お願いいたします」
「すぐ戻ってきますんで」
 そう言いながらフロントにカギを渡して、正面の自動ドアから外に出た。

 ホテルの外は全然寒くなかった。さすが九州。もう春なのだということをなんとはなしに思って、最近は季節の変化をあんまり実感していないなと思う。
 ただ、それでもさすがに周囲はまだ暗くて、夜の底という感じがする。夜をもぐってもぐってこんなところまで来てしまった、というような感じ。
 思いがけず心細い感じがする。そしてそれは随分と自由な感じがすることでもあって。

 コンビニの場所はちゃんとわかっていたから、そこまでゆっくりと歩いていく。最初の角を曲がると、遠くにもう看板の明かりが見えているくらい近い。

 そこは昨日まで通ったことのない道路だったのだけれど、歩いているとなんだか妙に懐かしいような気がした。
 どうして懐かしく思えるのだろうと考えてみて思ったのは、これは学生だった頃の、誰かの部屋で飲んだ帰り、歩いてアパートまで帰っていたときの心持に似ていたからかもしれなかった。もちろん、ほとんどの場合僕はお酒を飲まずに朝までただ喋っていただけなのだけれど、そういうときにはたいてい頭は冴えているのに、身体は石をたくさん縫いこんだダウンジャケットでも着込んでいるみたいに、鈍く疲れていた。そのときのあの感じ。
 今朝はそれによく似ていたのだ。
 仕事をしていたので、頭は結構クリアなのだけれど、身体は正直に疲れていて。

 そう思って、随分と不思議な気がした。
 学生だった頃に住んでいた場所と九州は遠く離れていて、それでも早朝の5時に、昔と同じような感覚を抱いている。そういうことってこれからもあるのだろうなと思った。記憶と感覚が根底で繋がってしまうようなときが。
 だからたとえば、こういう早朝にはあの頃の僕の時間と実はタイムトンネルのようなもので繋がっていて、ふとした拍子にそのトンネルがひらいたりしてしまったりするのかもしれない。
 そして気がつくとそのトンネルに迷い込んでしまうかもしれない。
 うっすらと明るくなってきた路地で、過去の自分とすれ違うかもしれない。

 6年くらい前の僕の前に、いまの僕が現れたらどんな気がするだろう。

「怪しい者じゃないんだ」

 とか言ってしまうかもしれない(充分怪しい)。もし昔の自分がちゃんと聞く耳を持ってくれていたら、これからの6年間に起こる幾つかの出来事を伝えるかもしれない。
 思いがけない出来事や、新しく知り合うことになる人たち。離れてしまった人たち。
 6年前の僕はそのことに驚くだろうか? 信じられないよと言うだろうか。
 喜ぶだろうか? それとも不満気だろうか?
 言葉を失うだろうか?
 それでも、なんだかんだでも楽しそうにやっているのを見て安心するだろうか?

 でもまあ、実際にはもし6年前の自分を見かけても話しかけたりしないで見ているだけなのだろうなという気はする。

 コンビニでは雑誌の入荷処理をしていて、店員たちは忙しそうに働いていた。栄養ドリンクとストロベリーヨーグルトと、ブラックコーヒーと入荷したばかりのジャンプを買う。
 わかりやすい買い物だ。


 栄養ドリンク(弱った身体に)
 ストロベリーヨーグルト(胃もたれしないような食べ物)
 ブラックコーヒー(眠気覚まし)
 ジャンプ(残りの時間眠ってしまわないように)


 ホテルの部屋に戻ってからは、まず栄養ドリンクを飲んで、ヨーグルトを食べながらコーヒーを飲みながら椅子に座ってジャンプを読んだ。ベッドの上で寝転がって読みたい誘惑がすごかったのだけれど、そうしたら眠ってしまうことは明らかだったので、椅子に座って。
 それでも結局気がつくと6時から7時までの約1時間くらい眠ってしまって、念のためにかけておいたモーニングコール(僕は出張のときは部屋に帰ってきたらすぐにモーニングコールをセットするようにしている)で起きたのだった。あぶなかった……
 いつの間にベッドの上で横になっていたのか全然わからなかった。
 もしかしたら大いなる意思が……?

 それでも、短い睡眠ではあったのだけれど、思いがけず疲れが取れていて、生命の神秘を実感……とか(疲れていますね、なんだか)。


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 仕事終了後、20:45発の羽田空港行きのJAL376便に乗って関東へ戻ってくる。
 それからバスと電車を乗り継いで最寄駅に降り立ったのは23時と少し過ぎ。飛行機の中も、バスの中も、爆睡してしまっていた。
 飛行機に関しては、今日は本当に離陸してすぐ眠りに落ちて、着陸するまで目覚めなかった。
 まあ、睡眠時間1時間なら仕方がないか……
 ただ、前回の教訓(?)を生かして今回は「winds」という機内誌の4月号をちゃんと持って来たけれど。特集は「北スペインの音」。相変わらずきれいな写真がたくさん載っている。


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 お知らせ

 とりあえず、これで今回のロードは終了です。


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