Sun Set Days
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2004年02月27日(金) 夕方の住宅街

 今日は休日で、6時少し過ぎに起きる(習慣っておそろしい)。そして今日は二度寝をしようと決めていたので、そのまま二度寝をして9時少し前に起きる。着替えてから銀行に行き、クリーニング屋にスーツを出しに行って、それから近くのファミリーレストランで少し早い昼ごはんを食べた。
 午前11時前のファミリーレストランはまだほとんどお客がいなくて、ただお昼に近づくにつれてどんどん混んでいった。
 その間僕は何度かドリンクバーに行って、オレンジジュース(アイス)と、濃い目のコーヒー(ホット)と、カモミールティー(ホット)を飲む。カバンの中に入れていた雑誌をのんびりと読む。

 部屋に帰ってきてから、パソコンに向かっていろいろと打ち込んでいたのだけれど、途中でどうしても眠たくなって、キーボードを少し奥へずらして、そのまま机にとっぷして眠った。だいたい14時くらいに。

 起きると、1時間半くらいが過ぎていて、身体の節々がとても痛かった。首と、腕と、お尻と、足と。不自然な姿勢で眠っているので当然だとは思うのだけれど、欠陥品のアンドロイドのように、ぎこちない動きになってしまう。

 そしてまたパソコンに向かっていろいろと打ち込む。たまに首を押さえながら。

 夕方にもう一度クリーニング屋に行きスーツを取りに行く。
クリーニング屋のおばさんと世間話をしてから(クリーニング屋のおばさんに話好きな人が多いのはどうしてなのだろう?)、てくてくと歩く。
それほど寒くない、夕方の住宅街のなかを。

 夕方の住宅街は、生活の匂いに溢れている。周囲を覆う夜の暗さの中にあっても、たくさんの明かりが窓から漏れてくる。休日じゃないと午後6時半の住宅街を歩くことはないから、なんだか新鮮な感じがする。
 夕食の匂いが流れてくる。買い物袋を前のかごに積んだ主婦が自転車で通り過ぎていく。会社帰りのサラリーマンとすれ違う。遊びからの帰りらしい中学生の一団が自転車でうるさく走り去っていく。小学校の近くで、カーテンを閉めていない一家の様子が目に入って、両親と小さな子供二人が食卓テーブルを囲んでいるのが見えた。テレビをかけて、夜ご飯を食べている。

 選択肢のことを考えるのはそういうときだ。結婚だとか、家族だとか、そういった方を選んでいたとしたらどうなっていたのだろうということ。もちろん、選択肢は不可逆的なものなのでそれ以上は考えないのだけれど、別にいまの生活に不満はなくても、隣の芝生は青く見えるし、魅力的に映る。特に平日の夜の住宅地を歩いているときにはなおさらだ。

 けれどもまあ、日々は楽しく、穏やかに落ち着いているのだけれど。
 そしてそれは、ある面ではやっぱりちょっとおかしなことなのかもしれないと思う。
 自分では満足していても、どこかでは、やっぱり。

 この間休憩時間に後輩と話しているときに、湘南平の話になった。湘南平というのは平塚市にあるちょっとした展望台のようなところで、その丘陵にあるテレビ塔の金網に、恋人たちが固い絆を象徴するものとしてなのか、鍵をつけていくのだ。地元の人の間ではそれなりに知られている場所のようで後輩(女)は知っていたが、県外から転勤してきている後輩(男)はその場所のことを知らなかった。
 僕も昔はその場所のことを知らなかったのだけれど、社会人になって神奈川県に転勤して来たときに、当時の恋人と訪れたことがあったのを久しぶりに思い出した。夜に駐車場に車を停めて、いくつもの鍵がつけられた金網を驚きながら眺めたものだった。そのときには鍵をつけなかったのだけれど、たくさんの人たちが(おそらくは)それぞれの思いを込めて、それぞれ異なる鍵を締めていっている様になんだかすごいと思ったことを覚えている。もう随分前の話だ。
 それでも不思議なもので、その話になるまでその場所を訪れたことなんて全然思い出すことがなかったのだけれど、いまこうやって文章を書いていると、その夜に帰りに道に迷ったこととか、車の中でした話のことだとか、国道1号線沿いの長い道路のことだとか、ずっと忘れていたことを思い出したりする。記憶は本当に便利で、思いがけず、唐突なものだ。

 あのときの恋人は、いまでは子供とかがいたりするのだろうなと思う。風の便りも聞かないくらいいまでは接点もないので、まあわからないままなのだけれど。


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 お知らせ

 今日は部屋にいるほとんどの時間、パソコンに向かって文章を書いていました。


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