Sun Set Days
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2004年03月18日(木) Various vehicles

 子供の頃、一人で乗り物に乗ることはとても大変なことのように思えていた。
 一人でお金を払って、一人でちゃんと改札口を抜けて、一人でちゃんと目的の駅で降りる。
 そんな当たり前の、いまでは何も考えていなくてもできてしまうようなことが、小さな頃には途方もない難事業のように思えたのだ。だからちゃんと頭の中でシミュレーションをして、どうするべきなのかを反芻して、ドキドキしながら決行した。いま思うと本当に不思議だけれど、見る高さによって同じ行動でも違ったように見えることはきっとあるのだ。

 電車、バス、地下鉄、あるいはタクシー。それぞれの乗り物にはじめて一人で乗ったときの記憶は曖昧なのだけれど、一つだけ覚えていることがある。
 それは小学校低学年の頃に、学区内のぎりぎりのところに住んでいる友人の誕生会に参加するために、一人でバスに乗ったときのことだ。その日、僕は時間に余裕を持って小学校の近くの、線路沿いのバス停でバスを待っていた。冬の終わり頃で、アスファルトには溶けかけた雪がいびつにひしゃげていた。空は漁師が顔をしかめるような曇天で、身体の芯から冷え込んでしまうくらいに随分と寒かった。僕はつなぎを着込んでいて、手袋をしていて、ほっぺたは大きなさくらんぼを内側に隠しているみたいに赤くなっていた。
 やがて道路の先にバスの姿が見えて、それが近づいてきて、目の前でとまった。妙に間の抜けた間のあとで、プシューという音を立ててドアが開く。

 緊張のあまり、整理券を取るのを忘れてしまったのはそのときだった。気がついたときにはもう後の祭りだった。バスに乗ったことがなかったわけではないので整理券というものの存在はわかっていたのだけれど、慣れない一人でのバス乗車に緊張していて、すっかりそのことを忘れていたのだ。僕は呆然と電光掲示板に映し出された料金を見て、整理券がないときの金額を確かめる。子供は半額だったので、その金額を計算する。僕が乗ったバス停は始発の停留所からそれなりの距離があったらしく、整理券の番号は結構先に進んでいた。

 お金は当然のことながらそんなにたくさん持っていなかった。だから必死で電光掲示板を見つめていた。バス停を一つ過ぎる度に料金が上がるわけではなく、いくつ目かの停留所を超えると料金は一つ高いものとなった。そのうち、自分の所持金を超えてしまうのではないかと不安だった。整理券を取っていなかったから、整理券がなしのところの料金を払わなければならないと頑なに思っていたのだ。

 結局、そのときはバスの料金は所持金以内で納まった。そこでまたもう一つ問題が持ち上がった。280円とか、360円とかそういった金額だったのだけれど、手持ちのお金は300円とか、400円だったのだ。いまならもちろん両替をすることなんて蛇口をひねるみたいに何も考えずにできる。けれどもそのときはそれもまた大きな壁になっていたのだ。整理券の取り忘れ出すっかり意気消沈し、前後不覚に陥っていた小学生の僕は、ドキドキしながら、散々悩みながら、結局両替機を使わずに300円とか、400円とか、多目の料金を支払ってバスを降りた。両替機を使ったら、また何か大きなトラブルに巻き込まれるんじゃないかと思ってしまっていたのだ。

 ぎこちなくバスを降りて、遠ざかっていくバスの後姿をうらめしく見つめながら、僕は自分の財布の中からなくなってしまったお金のことを思った。それは小学生にとっては大金だった。バスくらい一人で乗れるよと思っていたのに、実際乗ることはできるのに、それでも整理券とか両替とか、そういうことについてはまだ全然未熟だったのだと思い知らされた。もっとちゃんとできたはずなのに。そう思いながらてくてくと冬の終わりの街を歩きながら、今度から絶対に整理券を取ろうと、両替だって絶対にやってやるんだと強く誓っていた。バスに乗っている間、心臓に悪いくらいどきどきしていた。そんな思いはもうたくさんだと思った。

 それから友人の家に行き、誕生日パーティーのごちそうを食べて、みんなでゲームをして、そんなトラブルなんて何もなかったかのような顔をして笑って楽しんだ。そしてあっという間に数時間が過ぎ、友人の家を出た。
 帰りは、バスには乗らなかった。行きのバス代の支払いで、帰りの分がなくなってしまっていたのだ。それで僕はバスで行くほどだった結構長い距離を、随分と長い時間をかけて歩いて帰った。どういう気持ちで歩いていたのかはよく覚えていない。ただ、随分と冷え込んでいたことだろうといまは思う。北海道の冬は寒く、凍てつく寒さは厳しくてときどき目をあけてはいられないほどだ。

 電車、バス、地下鉄、あるいはタクシー。それぞれの乗り物にはじめて一人で乗ったときの記憶は曖昧なのだけれど、それでもバスに乗り始めてすぐくらいのそのときのことはなぜか覚えている。
 子供の頃は、本当にいま考えると不思議でしょうがないようなことにたくさんの心配をしていた。世界はとても小さくて、それなのにその中にも未知のことは数え切れないほどあった。見上げると、未知のジャングルが覆いかぶさってくるんじゃないかと思えるくらいに多くのことを知らなかった。
 いまでは少しずつ、たくさんのことを覚えて、何食わぬ顔をして生活をしているけれど、ときどき根本的なところはその頃と変わっていないのではないかと思うこともある。いろいろなことのやり方を覚えてはいるけれど、それはただやり方を知っているだけで、素の部分はドキドキしていたあの頃のままなんじゃないかと思うのだ。やり方や常識は服や鎧のようなもので、そういうものを脱いだ素の部分は変わっていないのかもしれないなと。
 そう考えてみると、服を増やすことと、鎧の強度を高めることと同時に、素のからだを鍛えることも大切だよなと思う。双方をバランスよく強くして、ちゃんと成長はしているのだと思えるくらいにはなりたいなと思う。


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 お知らせ

 それから一年後くらいに、やっぱり一人でバスに乗っているときに、降りるべきではないバス停で降りるボタンを間違って押してしまい、誰も降りなくて、運転手が「降りる人いませんかー?」と繰り返し言うのを必死にやり過ごしていたこともありました。それも覚えています……


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