Sun Set Days
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21時少し前に仕事が終わると、空の遠くの方で雷が鳴り響く音が聞こえてきた。 それから少しして空が一瞬輝き、また間をあけてから地響きのような激しい音が響いた。 雷だ。 日中は35度にもなる記録的な暑さが続いていたのだけれど、その時間になってもまだ余韻が残っていた。周囲は、むあっとした熱気のようなものに覆われていた。 そんな雰囲気の中で鳴り響く雷は随分とアンバランスに感じられた。 「この辺は雷が多いんですよね」 隣を歩いていた後輩がそう言った。「へえ」とか「そうなんだ」とか相槌を打つ。そう話している間にも空は再び輝き、後を追うように雷がどこかに落ちる音がする。 「でもまだ遠いですね」 別の後輩が言った。 「そうなんだ」ともう一度言う。 雷が多い町だなんて、それは不謹慎だけれど情緒があるかもしれないと思いながら。
マンションに帰ってきたときにも、雷はまだ鳴っていた。廊下を歩きながら、駐車場に置いてある車を上から見下ろす。僕の部屋は3階にあるのだけれど、平地ということもあって廊下からは結構遠くまでを見下ろすことができる。結構先に大きな運動公園の近くにあるゴルフ練習場か何かのネットが見えていて、いかにも雷が落ちそうな柱だよなとぼんやりと思う。
着替えてから、近くのコンビニまで行くことにする。iPodを入れた斜めがけのカバンをかけて、車はやめて歩いていくことにする。近くのコンビニなのだから車を使うまでもないと思ったのだ。 雷はまだ続いていた。けれども雨は降っていなくて、ちょっと迷ったけれどどうせすぐに帰るのだからと傘は持たなかった。そして、コンビニまでの途中で、そうだモスバーガーに行こうと思ったのだ。 今日、最近力を入れていた仕事がひとつ終わって、ほっとしていたこともある。それで少し足を伸ばして、モスバーガーで山ぶどうスカッシュを飲もうと、そんなふうに思ってしまったのだ。 モスバーガーまではちょっと距離があった。片道歩いて10分くらいの距離。引き返して車に乗ればよかったのかもしれないけれど、なんとなくそのまま歩くことにした。身体は疲れていたけれど(今日は5時起きだったし)、それでも気持ち的に解放感があったからだ。途中、後輩から電話がかかってきたりして、話ながら歩く。
歩道橋をわたり、モスバーガーに入る。モスバーガーでははじめて夜の間だけメニューに加えられるビーフシチューを食べた(ぬるかった……)。 もちろん、お気に入りの山ぶどうスカッシュも飲んだ。 そのときだった。堰を切ったように、一気に雨が降り出したのだ。 しまった、とは思った。傘がないと思ったし、車でもなかったからだ。そして、客観的に考えればいくらでも予測できたことなのに、なんとなくそのままてくてくと歩いてきてしまったことを少しだけ後悔した。 それからものすごく近いところで雷が落ちる音がした。 雨はそう簡単には、止みそうもなかった。
モスバーガーでは備え付けの雑誌を1冊読んで、iPodでも数曲を聴いた。 それでも雨は止まなかった。雷は相変わらず鳴り響き、近くに落ちる音がするたび、店内の人たちが窓の方を不安気に眺めていた。茶髪の若者は携帯電話を手に、「すげー雷」なんてことを喋っていた。初老の夫婦の奥さんの方は、雷が鳴るたびにいちいち驚いていた。 まいったなとは思った。けれどもこのまま時間が過ぎるのを待っているわけにもいかなかった。
それで店を出ることにした。その前に、iPodのイヤホンをバックの中に入れた。なんとなく、耳につけたまま歩くのは嫌だったのだ。 外に出ると、周囲がやけに暗かった。最初はなんでそうなのかよく理解できなかった。そして、少し経ってようやく気がつくことができた。 交差点の信号機の明かりが消えていたのだ。 国道沿いの、片側2車線の大きな道路にある交差点が、まったく動いていなかったのだ。 国道側の自動車だけがものすごい勢いで通り過ぎていて、枝道から交差点に合流する道路には車の列ができていた。確かにそうだろう。国道を走る車が止まってくれないのだから、進みようがないのだ。 来たときとは逆に歩道橋を戻りながら、真っ暗になってしまった交差点をみた。電気のついていない交差点はパニック映画のワンシーンのように見えた。普段当たり前のように身の回りにある信号機が点灯していないだけで、あまりにも簡単に道路は混乱の中に沈んでしまう。不思議な感じだった。その間も、路地の方の車の列はどんどん長くなっていった。
雨はどんどん勢いを増していた。交差点がどうなるのか見てみたい気持ちもあったけれど、結局僕は部屋までの道路をずっと走っていた。傘を持っていなかったので、まるで暑さに耐え切れずに服のままプールに飛び込んでしまった人みたいにずぶ濡れになっていた。髪も、シャツも、カバンも、ズボンも、そしてもちろん靴も時計も、すべてがたっぷり水を含んで、走るたびに走りにくくなっていった。まるで何かのバツゲームでもあるかのように。
停電になっている信号機は国道沿いだけではなかった。もう一つ消えているところがあって、近くのコンビニも一瞬だけ停電になり、それからすぐに電気がついた。それもやっぱり不思議な光景だった。コンビニが停電しているところははじめてみた。それがすぐに元に戻ったのも、まるで一瞬だけ目の錯覚で異なる周波数の世界の光景を垣間見てしまったかのようだった。
ずぶ濡れのままコンビニに入って(ちょっといやな客だったろうなとは思う)、飲み物を購入して、それから再び部屋に向かって走り出した。部屋についてから、着ていたものを脱いで、タオルで髪を拭いた。濡れていないTシャツに着替えて、ようやく人心地ついた。やれやれとは思った。まったくとも思った。でも、同時に珍しい体験をしたなとは思っていた。何よりも、交差点が停電になっているのを見ることができたのは印象的だった。もちろんそれはちょっと不謹慎だけれど、そういう光景を見たことで、そういうこともありえるのだということが実感としてわかったからだ。 なかなかそういう光景を見ないと、信号機の明かりが消えることはイメージしづらいような気がする。けれどもこれから先しばらく忘れた後で、ふいに今夜の光景を思い出したりするのだろう。突然に、思いがけず。 そして、そういうこともあったなと、ありえるのだなとあらためて思うのだ。
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お知らせ
本当にすごい雷でした。
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