日々是迷々之記
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2001年09月25日(火) |
自転車うろうろ帰り道 |
連休明けの今日は、病院も、銀行も、郵便局もうんざりするほど混んでおり、用事を済ませるともう3時を回っていた。家に帰ってもパソコンの前にへばりつくだけになってしまいがちで、家に帰る気になれなかった。
知らず知らずのうちに、遠回りする道を選んでいた。いつも通る近道をちょっと離れるだけで、ペダルを踏み込むことがわくわくにつながって行く。ほんの1本、違う道を通るだけでそこは違う世界なのだ。当たり前だけれども忘れていた。
初めて通る小さな商店が並ぶ道。そこに一軒の自転車屋さんが。今オーバーホールしている10年もののクロスバイクによさそうな部品を物色する。気のよさそうなオジサンがオーナーで、普通ならアッセンブリでしか置いていない部品を、一部だけ譲ってくれた。なんだかうれしい。
近くのコンビニで、郵便局で払うことをあきらめたNTTの請求書のお金を払う。そこで、ジュースを購入。近くの公園へ向かった。ここは朝通ると、いかにも公園が社交場ざますって感じの若い奥さんたちが、ベビーカーを並べて集会を開いており、とても入れない雰囲気だ。どういう状況でもつるむことが苦手な私には、まず受け付けない感じが漂っている。私にとって、つるんでギャーギャーやっているという時点で、若奥様も、暴ヤンも、同等なのだ。
しかし、昼下がりの公園は、小学生の野球ごっこ、ヒルネする営業マン、鳩にエサをあげるシニアカーのおじいさんと、のどかな公園そのものだった。 ベンチに腰を下ろし、ジュースを飲み、空を見上げた。やわらかい水色の空に、いかにもやわらかそうな白い綿雲。そうなのだ、秋、なのだ。
公園から家に着くまでに今日の夕食のメニューを考えた。 和歌山で購入した大きなしめじは炊き込みゴハンに、半分残っているさつまいもはさっと甘煮風にしよう。そういえば、カマスの開きもあったっけ。
その日の晩は、さつまいもの甘煮と、カマスの開きにシシトウの炙った物を添え、すだちを絞った物、そして、ナベで炊いたキノコご飯だ。ナベで炊いたので、お焦げはちょっと多め。自己評価でもかなりうまくできた。
冷酒と一緒に口にする頃には、昼間のイライラもどこへやら。
やっぱり人にもまれてごちゃごちゃやっているより、一人でいろいろやるほうが向いているんだなぁって、感じてしまった。
でも、明日は少しでも病院が空いていますように…。
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