�蠧�記
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子供と一緒にお風呂に入った主人が、ゆうべ、息子の事を、詩人だね、と言いました。え、詩人?
=私と小鳥と鈴=という金子みすずさんの詩が小学校の国語の教科書に載っているのですが、子供はそれをお友達と一緒に発表会で朗読しました。それを聴きに行ったのは私だけでパパさんは行っていないけれど。その詩を読んで、感じるものがあるんだって、感じやすいんだな、俺は子供の頃詩なんかわからなかったな、と主人は申します。私もそれほど詩がわかるというタイプではなかったです。
私も彼に負けず劣らず親ばかですから、え?駄目だよ、私の子が詩人になんかなっちゃ、John Keatsっていう詩人だってまだ20代のうちに。。ま、でも、詩人がみんな金子みすずさんみたいに早死にってわけでもないからな。。などとぶつぶつ独り言。若き詩人キーツの肖像画などもけっこうかっこいいと思うのですが、うちの息子の容姿が全然血のつながりのない昔の亭主の高校時代の風貌に似ている(アイスクリームを舐めている姿が不二家のぺこちゃんの兄貴みたい。ご本人は俺は鬼瓦だとか肥満なのが自然なのだとか言っているのにつきあっていたら私も肥満の鬼瓦になっちゃった)ような気がして気の毒になったりする私の連想は一体なんだ。 なんとかしなくちゃ。
それにしても不思議なのは、朝目覚めた時に爽やかで自ら今日も一日頑張ろう!という気持ちの人もあるとしたら、それは今の私には大変な不思議だ。とにかくちゃんと夜早く寝て早く目覚めても、私は朝目覚めの時この世の理不尽にこの上なく気が重くてやるせなくて苦しくて、今朝など早々とPCの画面の前に座っている主人の前に土下座して、お父さん頼むよ〜頼むよ〜などとうめく私は見苦しいこと極まりないと思うが、主人は仕方ないなきっと不調なんだろうと思ってまた5分10分ほど寝床に戻ってくれると、私はびっとりと主人にくっついたまま世迷いごとをぐだぐだと言う。離婚なんていう話を子供に言うのはやめてよ、心配するから、と主人は言う。しかし私は冗談で言っているわけではない。親元を離れて東京砂漠で20年足らず頑張って、そのうちの半分私が現れたのは10年足らずなのだが、いつのまにか割れ鍋に閉じ蓋となってしまったのだったら、いつか訪れる別れの辛さなど 想わず、ただ今に彼に尽くさなければ。
またしてもバッファリンを2錠飲んで少し楽になるがほとんど何もしていない。 でも今の私はどうもここにはまってしまう。自分の気持ちを吐き出したい。それだけか?
世の中には経済的にも精神的にも自立した存在など有り得ない、どんな形であれ共存しているのだから、ただ私は主人の仏心にすがっているだけだ、精神的な自由とは何か、精神的な自立とは何か、自分が隷属した存在だなどと思い浮かべるのはやめて、ただ自分にできることを自由に喜んでせよ。と私自身に向かって今語る。
で、夕飯の買い物と、主人がわざわざ電話してきたシャンプーとを買いに行く。
主人がハリーポッターみたいな先生だね、と評した精神科の医師の診察の予約を キャンセルした。昨日は主人が一緒に行ってくれると言ったのだけれど。
自分のことを大丈夫だと言ったり駄目だと言ったり左右に気がふれる。ため息が 出る。不調な事は不調だが、死ぬほどじゃない。 それにしても煙草を断って5ヶ月。なにかよくなったことはある?人並みの生活 って無理なの?ううん、これが最高なの。だっていい方が私のこと素敵な人だって おっしゃってくださったから。そのまま素直に受け取って。 いいことばは受け入れて。 気に入らない言葉は忘れて。
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