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子供はお父さんの田舎に行きたいと言っているし、私も従兄弟とかと遊ばせたいと思っているのだけれど、遊びに行った時、何かの加減で感情に触ったりするのが とても怖い。これは旦那さんの田舎の人たちに対して悪い感情を持っているのではなくて、思いがけなくパニックになってしまうからとても怖いのです。なったから どうっていうわけでもないけれど、相手が傷に触れようとしている時ではなくて、関係ないような言葉の関連とかから傷に触られたように痛いし、飛び上がったように反応してしまうし、痛い思いはしたくない。うまく説明できないから、折角行っても感じ悪い印象を与えてしまうような気がして。だんなさんたちは過去を忘れろというわけではなくて大事に思ってくれていると思う。でもとにかく痛い思いは したくない。でも、痛い思いをしても、行った方がいいんじゃないかという気もする。別に全然怖い人たちではないんだし、怖がっていても仕方が無いし。どの道 どこへ行ったところで、家に閉じこもっていたところで、痛い思いをする時は するのだから。こんなことに気をとられるなんて実に不自由でうっとうしい。 事前に想像するような風に実際になることなんてほとんどないのに。些細なことで 貝のようになってしまうのは損だ。けいげなし、くふあることなし、という 般若心経を思い出す。痛みを避けたいのは自然だけれど、不要な恐怖心は敢えて 取り除きたい。何でも経験を楽しんでしまった方が得だ。
今日も一粒の白い花とムラサキツユクサも一つ咲いている。植物は言葉を話さないが、何かに向かって伸びようとする。さまざまな植物動物生き物が、伸びていこうとする。休息していた種が芽吹いたり、潮の満ち引き、その中で人も伸びていく 方向を模索している。
私のように年上の人ばかりの中で育ったものが子供と育っていくのが悩み多いこと、そんなに失敗なくいかないのは自然なことですよね。
北朝鮮との関係ってやはり難しいんだな、と今さらのように思う。能天気な言い方しかできなくて申し訳ない。
どんな音楽を快く感じるかでそのときの元気さとか状態って出ますよね。 高校時代はよくロックをボリューム一杯にしてヘッドフォンで聴いていたのですが、今、例えば、ドヴォルザークの『新世界から』を聴こうとして、でも第一楽章をあまり大きなボリュームにすると心臓に堪えるような気がして、小さくして聴いています。アダージョからアレグロモルトというのが、しんどいのですけっこう。 スピードと迫力を増していくのが、とても不安になってしまう。家路というのか、 ラルゴのペースになると、ほっとする。
母が闘病中まだ比較的元気な頃は、研ナオコの歌を聴いて昔の友達を思い出して 涙が出てきちゃうの、などと言っていましたが、最後の頃は、音楽を聴くのも しんどかったみたい。ただ静に何も話さず本でも読みながらそばにいてくれるだけでいいそばにいてほしいと兄嫁に言っていたらしいから、体力がなくなってくるとそういうものなのかなと思います。
今日はとてもよいお天気になりました。空が晴れ渡って気持がいいです。 裏庭に出て、そこに缶に入れて置いてあるピースのキングサイズ(フィルターつき)を2,3本吸いました。1年間禁煙したけれど、先日吸いたくなって買いました。280円だけれど、一日に何本も吸うわけじゃないし、ピースはけっこう私にはきついので、一本吸うとかなり満足します。両切りは葉が唇にくっついたりして 面倒なので、フィルターつきのほうがすきです。今のところ裏庭以外では吸って いません。そこで一人で煙草を吸っていると、娘のひいおばあちゃまが草むらの 陰にしゃがんで孫の吸った煙草を拾ってふかしていた情景が思い越されます。
風も爽やかだな。明日もお天気かな?
金融機関周り今日はしなくちゃと思ったのですが、何だかどうしても今日いかなくちゃいけない理由を見失いました。
家事はちょこちょこっとはしましたが、本当は台風のような勢いで朝飯前に片付けてしまいたいです。
10時前から病院に行こうかと予約の電話を入れようかと逡巡したのですが、 今日も行かずじまいでした。まだ他の人に子供を頼んでしまうのは心配なので 何とかしたいと思うのですが、かといって、一方の心の中では、他の人に頼んだ方が子供のためかしらと思ったりして気持が割れてしまいます。正直なところは、 こんな自分でも、まだ必要とされていると思わせてもらっています。
とても優しくてペースが私にはありがたい友達がネットで出来たので、今度 彼女とお茶を飲みます。嬉しいな。彼女と行動を共にするのは全然疲れないので 嬉しいです。実は彼女の方がどっと疲れていたりして。うーん。わかんないけど つきあってもらえるうちはつきあってもらいたい。
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