�蠧�記
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昨日は長兄の誕生日だったなあ。どうしているんだろうと思う。
思うんだけど。
死なないように気をつけるより、今を楽しみたいよね。
死んだ後偉人さんになってもつまらない、生きているうちに楽しみたいの、って母が言っていた。庶民だからこそ、たまにはささやかな贅沢をしてみたいと思うんじゃないの、って。でも結局善女のままいってしまったなあ。良妻賢母のまま。庶民だからこそたまには夢見る母のささやかな贅沢ってね、どんなことだったと思う?多分ね。自分の父親の法事に自分の母親きょうだい姉妹親戚が一同に集まってご飯を食べることだったのよ。
もし神様があるとしたら、神様ってひどいと思うよね。神って天にある父のことなの?父が神なの?
父がいつか母に言ったことがあった。この子がねだることなんてそうないんだから、買ってあげなさい、って。あれはケニアの木彫り?グランドガゼルの木彫り、買ってもらったんだ。あれはきっと駅ビルのお店の中で。あの木彫り。捨てられちゃったのかな?どこにいるのかな?
父は言った。僕はお前みたいな女は嫌いだね。死ねばいいでしょう。でも他の時には父はこうも言ったの。僕にとっては目の中に入れてもいたくないかわいい娘なんだって僕は言ったんだ。もしそれが本当だとしたら、義母は羨ましかっただろうな。義母のお父さんは私が父を見送った時よりずっと早くに、多分記憶がないくらい早くに、お父様を亡くしてしまわれたんだもの。 ああ、父親ってこういうものなんだなあ、と思った、という義母の言葉が蘇る。ねえ、お母さん、お母さんは死んだらおんぶお化けになってお父さんの背中にとり付いて邪魔な女の人が現れたらみんな蹴散らしてやるって言っていたらしいけど、でも彼女はいても良かったでしょう?だってさ、お母さんだって私だって父親の記憶を持っているものね。お母さんの父親、おじいちゃんのこと私は知らないけど、でも優しい父親だったんでしょ?家に仕事関係の人たちを連れてくるような。おじいちゃんがいってしまったのは、お母さんが結婚した後だったんでしょう?夫や子供と新潟にいる時に、楽しい会合の後で茶碗を洗っている時に、茶碗が割れたんでしょう?おじいちゃんが亡くなった頃に。 だからね。よかったよね。 だからね、私もね、やっぱりね、子供が二人とも結婚してどちらにも子供ができてからじゃないと、お母さんのところへは行けないと思うよ。そりゃね、今私がなくなってもきっと子供たちは育ててもらえると思うけど。きっとみんなよくしてくれるにちがいないけどね。でも、孫の顔を見ないと安心できないね。
きっとね、義母のお父様も、お元気だったら、きっと彼女のことそれはそれはかわいがられたことだろう。目に浮かぶようだ。
私は自分の健康を過信していた、と母は言った。
でもねお母さん、ほかにどうすることができたの?
お母さんはどうして死んだの?あなたのお母さんはえらかったのよ、と兄嫁は言った。でもね、お母さん、私は、えらくなれないよ
私はお母さんのえらいことしか知らない。お父さんは結構悲惨だったんだよ。酸素吸入していても、酸素がなくなった金魚みたいに口をぱくぱくして 目はあらぬかなたを追っていたよ。だから快く迎えてあげてね。お母さん。 お母さんは死んでから私のところへきてくれたことあるけど、お父さんはぜんぜん夢に出てこないって言っていたよ。だからさびしかったんだ。おかあさんごめんなさい。私がみんな悪いの。私が馬鹿だから。みんな本当は心の中に花があるの。きっとおかあさんのほうがよくしっているでしょう。だから私は確信している。お母さんはちょっとへそを曲げてみせて、怒った顔、すねた顔を見せて、でも、何かの拍子にきっと、お父さんに許した笑顔を見せたんだよね。きっとそう。きっと今頃は、二人で、家庭菜園でもやっているんでしょう?私が行ったら、二人で無心に土いじりしていたのにふっと気がついて、振り返って、あら、いつきたの?って喜んでくれるでしょう。ねえ、ここからは富士山が見えて最高でしょ、とか言って笑うでしょう。
お母さん、話したことあるかな?きっと知っているよね。どうだろう?
私が蜂に刺された時、ふうちゃんのおかあさんが、傷口を吸ってくれたこと。
それから、転んだ時に、みゆきちゃんっていうこが助けてくれたこと。
話してないと思う。
どうして私は助かっちゃったって笑って話さなかったんだろう。それだけできっとお父さんやお母さんの世界もぱあっと明るくなったでしょう。
いいことも沢山あったのに、私は馬鹿だよね。他の人には言わなくても、お母さんやお父さんだけに、こっそりよかったことをもっと沢山いちいち言わんでいいっていうくらい話して笑い転げたりしていたら、もっと長生きしたんじゃないだろうか。
でも知っていたのねふたりとも。他の人はいつもよくしてくれたって。こんな馬鹿な娘でも、いい人に巡り合えたから、それがわかったから、二人とも安心してさっさといっちゃったんでしょう。子供はたいしたやつに育たなかったけど、孫は大物かもしれないな、なんて思ったんでしょう。そう思えるうちに早いところお任せしてずらかろう、なんていっちゃったんじゃないの?
お母さんたちのアルバムは本当に幸せそう。二人ともそれぞれしみじみ言っていたものね。幸せだったって。
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