※ここへの書き込みが、一体何日ぶりになるのでありましょうか。でも、1ヶ月は間が空いていないだけ、まだマシと言ったところなのかな? 以前と比べて、ではありますが(笑)。 さて今回にて、とりあえず話の伏線は全部張り尽くしたつもりであります。後は鬼道衆を出すのみなんですが・・・彼らの今作品での境遇に対して、どうか怒らないで下さいね。今のうち謝っておきますが(汗)。 *********** 茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−1 奇妙な夢を見た。 いかにも腕っ節の強そうな盗賊の頭が(名のってもいないくせに、何故かそうだと分かってる辺り、夢って証拠よね)、あたしに向かって刀で斬り込んで来る。ぎらぎらと、殺気走った目をして それを見事な剣さばきで攻撃をかわしたあたしはと言えば、手のひらを広げたかと思うと何やら呪文のようなものを唱え始める。 そこへ、盗賊たちがわんさとばかりに押し寄せてきて、視界いっぱいがまばゆい光に覆われたところで・・・。 唐突に目が、覚めた。 ********* 疲れのあまり、布団の中で寝入っている男───それが現実のあたし。 だけど夢の名残か、広げられた手のひらだけは天井目掛けて突き出されており、あたしを自嘲気味にさせた。 手を布団の中に戻そうとして、ふと思い直す。わずかに入ってくる夕陽にかざすようにして、手の平を天井からこちらへと転じて見た。 そこにあったのは竹刀ダコがあるわけでもない、何かの<妖力>を使えるでもない、ひょろりとしたいかにも鍛えていない青白い手、だった。 ・・・そのまま手の平で顔を覆いながら、今し方まで見ていた夢を反芻する。 別に悪夢と言うわけではない。夢の中のあたしは随分と優秀な与力で、どんなに強い盗賊でもねじ伏せてしまう剣術と<妖力>を、持っている。それがおぞましいわけでもない。 ただ───目が覚めた時無性に、惨めになるだけ。 <・・・久しぶりに見ちゃったわね、こんな夢> 初めて見たのは、確か火附盗賊改与力を拝命すると決まってから。やはり与力を勤めていた父親が隠居したいからと、あたしに火附盗賊改になるよう言い渡した時から。 ───正直言ってあの時は、自分の耳を疑ったわね。当時のあたしは、そりゃまあ勉学についてはそこそこイイ線言っていたけれど、剣術はからっきし。唯一得意な乗馬も不純な理由で会得しただけで、別に与力になるべく心がけていたわけじゃなかったから。 え? どうして与力が乗馬の心得がなきゃいけないのか、ですって? ・・・ふむ、すこし説明不足だったわね。 奉行所であれ火附盗賊改であれ、配属される人員のうち同心は「1人2人」って数えるけど、与力は「1騎2騎」って数えるのがしきたりになってるの。何故かって? 与力は元々非常時には、馬に跨って戦うことになってるせいよ。まあ、徳川幕府もこう太平の時代が続けば、武士ですらそんなに乗馬に卓越してないのが、実状ではあるんだけどね。だからあたしが乗馬を会得しているのも、他人からはかなり変わり者だと思われてしまったみたい。 話がそれてしまったわね。ええと、どこまで話したんでしたっけ? ・・・ああ、あたしが火附盗賊改与力を、父親から申し渡されたところからだったかしら。 これが同じ与力でも、奉行所勤めだってならまだ話は分かるわ。だけど、ものが火附盗賊改よ? いざとなったら盗賊相手に斬り合いまでしなきゃならない、泣く子も黙る火附盗賊改なのよ? どう考えたって、あたしに勤まるはずがないじゃない。 だけど、父親はいい加減高齢でこれ以上のお勤めは無理だって言うし、母親からは情けないだのそれでも男かだのと泣き付かれるし、他に仕事があるわけでもなしで、あたしは本当に渋々、父親の後を継いで火附盗賊改与力になったんだっけ。 さっきみたいな夢を見始めたのは、ちょうどその頃。多分、自分の待遇に反した実力に隔たりを自覚して、焦っていたせいなんでしょうね。 でもあたしはじきに、自分のやるべき事を見出すことが出来た。確かに武術では皆に劣っていたけど、頭脳なら誰にも引けを取りはしないもの。何度も事件現場に足を運んで、なるべく経験を積むように心がけた。 そのうち、決定的な物的証拠を見つけることができるようになったり、効率がいい聞き取り方法って言うのが分かるようになったから、それらを部下に命じて成果を上げたり───後は、部下同士のいざこざを収めることとか、上司へのとりなしとか、まあそう言った細細としたことを、何時の間にか引き受けるようになっていたわね。 だから、ある程度職務に慣れてきてからは、こんな夢も見なくなっていたんだけど・・・。 次に、再びこの夢を見るようになったきっかけは、とある盗賊をやむを得ず、この手で斬り捨てる羽目になった時だったわ。 盗賊って言ってもその男は、一見そうは見えない優男。・・・まあそれも無理はない話で、彼の仕事は盗みに押入ったり鍵穴をこじ開けたりするものじゃない。いわゆる『牝誑(めたらし)』ってヤツ。ここぞと思った店関連の女───たまぁに男相手のこともあったらしいけど───を篭絡し、引き込みなり店の情報の入手なりを手伝わせるの。挙げ句には押入った仲間に、誑し込んだ相手を口封じにと殺させてしまう、そんな物騒な男だった。 だけど悪いことは出来ないものね。結局彼の色男ぶりから逆に足がつき、お縄にする日が来たってわけなんだけど、捕物の時にはそりゃあもう、とんでもない大乱闘になっちゃったのよ。 その時、よほど彼は捕まりたくなかったらしくって、自分がこんな身分になったのは冷たい世の中のせいだだの、自分は進んで盗賊にも『牝誑』にもなったわけじゃないだのと、暴れながらわめいてた。世の中のもの全て、呪って憎んでるのを露骨にも吐き捨てて。 運の悪いことに、その時近所の親子がその男に捕まっちゃって。その頃にはもう狂気染みた笑みさえ浮かべてたそいつは、 「オレがこうなったのは、全ては親を盗賊に殺されてみなしごになったせいだ。おまえらもそうしてやる!」 そう言って、親の方を斬り殺そうとしたから・・・一番近い位置にいたあたしが、とっさに刀を抜いたってわけ。さすがに一刀両断ってわけにはいかなくて、そいつは地面に倒れ付してからも生きていた。 そうしてその男は、引き立てていかれるまでの間、ずうっと世間を呪う言葉を垂れ流し続けたの。 「オレを不幸にしたのは世間のせいだ、親を殺した盗賊も、その盗賊を事前に捕らえることの出来なかったお前ら(火附盗賊改)も、全員同罪だ、殺してやる、殺してやる、殺してやる・・・」 そう、何度も何度も。 まるで、自分以外のものを憎むことでしか、生きる術を持たないかのように。 その『牝誑』が、あたしが斬った傷が原因で死んだのは、それから数日後のことだった・・・。 ───断っておくけど、あたしは別にその盗賊を斬り捨てたことを後悔してるわけじゃないのよ。あたしがそうしなかったら、また1人不幸な孤児が増えるだけなんだし。 ただ・・・例の妙な夢をまたしばらく見る羽目になったのは、多分身につまされたせいなんでしょうね。自分の不遇を、世間を憎むことでしか晴らすことが出来なかったって男に対して。 もしあたしが、与力としての自分の居場所や意義を見つけることが出来ずにいたら、一体どうなっていたかしら。やっぱりあの男のように世間を怨み、自分の職権を乱用した挙げ句に、悪事にでも手を染めていたかも知れないわ。 まあ、あくまでも仮定の話だから、言うだけ馬鹿馬鹿しいけど。 そして今回、またこの夢を見た、ってことは・・・。 無意識のうちに焦っているんだろうなあ。事件の捜査が、まるで進展しないことに対して。 おまけに《龍閃組》なんていう、与助の言う『専門家』までしゃしゃり出てきたから、尚更なんでしょうね。 あたしに《龍閃組》の連中みたいな、不思議な妖力でも使うことができれば、こんな事件ぐらいたちどころに解決できるだろうに、って・・・。 ───あたしは布団の中でもう1度、手の平をこちらへ向けて眺めてみた。 御厨さんのような竹刀ダコもなく、《龍閃組》の連中のような妖力も使えない、これっぽっちも男らしくも武士らしくもない、なまっちょろい手を・・・。 ********************* その時、部屋の外に人の気配を感じた。 「・・・榊さん、起きていらっしゃいますか」 眠りを妨げぬよう、静かに押さえたその声は、御厨さんのもの。 あたしがつい返事をせずにいると、もう1度。 「榊さん・・・」 「・・・起きていますよ」 溜め息を1つ吐いた後、あたしはゆっくりと身を起こした。 御厨さんは廊下から障子越しに、そのままあたしに用件を伝える。 「お休みのところ申し訳ありませんが、目通りを願いたいと申す者が来ております」 「あたしに? 誰なんです?」 「それが・・・岸井屋の女房と息子でして。どうしても相談したいことがあるから、と」 ───岸井屋ですって? あたしの脳裏に、亭主の死を悼みつつも、詰所って事でどこか居心地悪そうにしていた女の姿が浮かんだ。 だけど・・・確か岸井屋って、奥方と一緒に来ていたのって番頭だったんじゃなかったかしら? 「女房と一緒に来ているのが、息子なんですか? 今日ここへ来た番頭じゃなく?」 「はい、親に良く似た息子です。どうなされますか?」 「・・・会いましょう。今行きますから、待たせておいて下さいな」 そう言って、一旦御厨さんを下げようとしたあたしだけど、ふと思うことがあり引き止める。 「・・・あたし、何刻ぐらい休んでいましたかしらね?」 「半刻(約1時間)ほどかと。申し訳ありません。折角休んでおられたのに・・・」 「気にする事はありませんよ。事件は待っちゃくれないし、それに少なくとも、目の疲れだけは取れたみたいですから。・・・悪かったですね、色々と気を遣わせて」 思わず付け加えた言葉は、照れのせいかどこかぶっきらぼう。多分そのことが分かったんでしょうね。「いえ」とだけ答えながらも御厨さんが、どこか笑いを含んだような声になっていたのは、単なるあたしの気のせいかしら。 ************* すこしだけ乱れた髪に櫛を通し、脱いでいた羽織に手を通してから、あたしは詰所に姿を見せた。 そこには御厨さんの言う通り、今日会ったばかりの岸井屋の奥方と、目鼻立ちが母親似の息子が待っていた。あたしの顔を見ると、恐る恐る頭を下げる。 「・・・相談したいことがあるそうですね。今回の事件と、何か関係があるのかしら?」 あたしがそう持ち掛けたところ、奥方は「関係あるかどうかは分からないのですが」と前置きした上で、話を始めた。 その横で、年のわりには利発そうな息子が、挑むような眼差しで睨んでくる。多分、あたしが母親に言葉だけであろうと害を与えようものなら、たちまち噛み付いてくるぐらいはするだろう。 父親がいない今、母親を助けられるのは自分だけ───そう心に決めているのが見て取れて、あたしは痛ましさと共に羨望を、彼に感じたわ。 すっかりヒネちゃったあたしには、多分こんな瞳をするのは無理でしょうね。 「実は・・・主人の身の回りのものを整理しておりましたら、変なものが見つかったのでございます」 そう言って、奥方が取り出したのは何やら重そうな風呂敷包み。 「まるで人目を避けるかのように置かれていたのでございますが、このようなものをどう扱っていいものか分からず、こちらへ来た次第で・・・」 「律義者の番頭に相談しても良かったんじゃないですか?」 とりあえず牽制してみたら、奥方の表情は見事に強張った。 「店のことならともかくも・・・夫としての又之助の相談は、あの男になどしたくはございませぬ」 ・・・なんだか、随分とややこしい人間関係がありそうよね。でも、それでわざわざ息子を連れてきたって事なのか。血の繋がりのある、実の息子の方が信頼が置けるって事なんでしょうね。 奥方は風呂敷包みを解こうとしたが、手元がもつれてなかなかうまくいかないみたい。別にもったいぶってるんじゃないんでしょうけど、いい加減イライラして来たあたしは、そばにいた与助に代って貰った。 「・・・?」 風呂敷きの中から出てきた物を見て、あたしは眉をひそめずにはいられない。 それは、一見何の変哲もない巾着袋だった。どうやらかなりの小銭が入っているらしく、じゃらじゃらと音が聞こえる。 ただ、柄の趣味はいただけないわね。全体的には深緑、そして底の部分には白い格子模様が入った布が使われているんだけど、どういうわけか褐色色の染めが入れられている。何もこんな染めを入れなくたって、もっと違う色の方が引き立つでしょうに。これを作った人間って、よほど美的感覚がないらしいわ。 しかし・・・これのどこが、奥方を震え上がらせるような代物だって言うのかしら? 「小銭とか、瓦版とか、色々入ってるみたいっすね」 与助は言いながら、巾着の中のものを1つ1つ取り出す。だけど、それを見守っているうちにあたしは、段々胸の中がむかついてくるのを覚えていた。 紐で束ねられた小銭は銅貨でみんな妙に変色しているし、瓦版のはずの紙が何故か真っ赤に染められている。そして、こちらに漂ってくる鉄錆の匂い・・・。 「榊さん、どうかなさったんですか?」 あたしの顔色の悪さに気づき、御厨さんが声をかけてきたけど、あたしは返事をするどころじゃなかった。 ただちに与助から巾着袋を引ったくり、自分で検分する。中から出てきたのは他に、端が赤くなった手ぬぐいに、薄い桃色の鼻紙、そしてところどころが紫色になっている緑色のお守り袋・・・。 「こんな桃色の鼻紙なんて、どうやって手に入れたんでありやしょうねえ? しかも男が。綺麗な女人って言うなら、話は分かりやすけど・・・」 後ろから覗き込んでノンキなことを言ってる与助に、あたしはきっぱり言ってやった。 「・・・別に桃色の鼻紙なんて、ありはしませんよ」 「え? けど現にこうやって・・・」 「これは普通の鼻紙に他なりません。ただ・・・少し血に染まっているみたいですけどね」 一瞬の沈黙の後。 「・・・・うわわわわっ!?」 事の次第を知った与助が、情けない叫び声を上げるのを聞きながら、あたしはゆっくりと手の中の瓦版を広げた。 丁寧に畳まれていたそれは、広げようとすると紙同士がくっ付いてしまっていて、下手をすると破れそうだ。それでも苦労をして、内容を検分する。 これはあたしもよく見かける、杏花って瓦版屋が作って売り出しているものに間違いない。だけど、彼女がこんな色の紙を使ったことなど、今まで一度もなかった。 だとしたら、答えは1つ。この巾着袋全体が、血に染まっているって事だわ。だから巾着袋に変な染みが入ったり、小銭が変色してしまったわけね。 「どういう意味なのだ、これは!」 「私どもにも訳が分からないのでございます」 御厨さんの厳しい詰問に、岸井屋の奥方はすっかり脅えてしまっている。 それでも自分たちは何も知らないのだと言うことを主張すべく、必死でもつれる舌を動かしているって感じね。気休めにも、息子の手をぎゅっと握り締めて。 「い、今までわたしどももこのような巾着、見たことがないのでございます。主人の身の回りのものを整理しておりましたら、まるで隠すようにされていたものを息子が見つけて・・・」 「では、又之助の持ち物ではない、ということなんですね?」 「さ、さようでございます」 ガチガチと歯まで震え出した奥方は、縋るような目であたしたちに聞き返してくる。 「一体主人は、何をしていたのでございましょうか? こんな、血まみれの大金が入った巾着袋など・・・。ま、まさか、強盗でもしでかしたのでは・・・」 「それは・・・」 さすがの御厨さんも、多分同じ事を考えてしまったんでしょうね。すっかり言葉を失ってしまっている。 だけど、あたしにはこれだけは言える。 「・・・そんなことはありえませんよ。もし又之助がそのようなことをしたとして、どうしてわざわざ巾着袋ごと隠しておく必要があるのですか? 万が一見咎められたら、言い訳のしようがないでしょうに。今だってそうなったじゃありませんか」 「し、しかし・・・」 「小銭だけを取り出して水ででも洗い、巾着袋やその他のものは埋めるなり、焼却してしまえば証拠は隠滅できるではないですか。小判ならともかく小銭なら、使ってしまえばまずアシはつかないでしょうしね」 さすがに犯罪を促進しそうな話題は、御厨さんだけに聞こえるような声音で言ったけどね。 「・・・確かに」 御厨さんも、あたしの鋭い観察眼に頷いているうちに、いつもの冷静さを取り戻しつつあるみたい。 「じゃあ、一体これは何なんで?」 「それをこれから調べるんですよ、与助。・・・あなた、スミマセンがこの2人を岸井屋まで、送っておあげなさいな。もう夜は遅いことですしね」 あたしはそう口にする事で、この話題を打ち切ることを暗に提案した。 むろん巾着袋のことは、誰にも口外しないように言い含めて。 そうして、岸井屋の親子を帰そうとして、あたしはふと息子の方を呼びとめる。 「・・・そこの坊主、あなた随分威勢がいいみたいね。そんなにおっかさんのことが、大事?」 揶揄するようなあたしの言葉に、思った通り息子は引っ掛かった。 「あったりまえだろ! 母上は俺が守ってみせるんだ!」 まあその心意気は頼もしいことだわね。実現できるかどうかは、別物だけど。 「それが盗賊とか、ならず者相手でも?」 「そうだ!」 「ふうん、それでその威勢の良さで、父親ともちょっとしたケンカをしたって事?」 「・・・何だよ、それ」 「だってあんたの父親の顎に、爪で引っかいたような跡があるじゃない。アレ、あんたが取っ組み合いの喧嘩でもした時に、うっかり爪を立てたんじゃなくって?」 「はあ? どうして父上と喧嘩しなきゃいけないんだよ。俺大好きだったのに。それにアレって、ミケにやられたんだろ? 父上が自分で言ってたぜ?」 「あら、そうだったかしら。ごめんなさいねえ、あんたが喧嘩腰にあたしを睨み付けるもんだから、てっきりアレもその名残だったと勘違いしちゃったのよお」 「何だとお・・・!」 息子は今にもつかみ掛かってくるような形相になったけど、母親と御厨さんに止められて渋々怒りを納めるのだった。 ************ (7)−2に続く・・・
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