「硝子の月」
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「ご機嫌斜めだねお嬢さん」 不意に空中から声が掛けられた。 「……ええ、そして今更に最悪って域にまで辿りついたわ」 声の主を見上げて、少女は心の奥底から嫌そうに言ってやった。 「ちょっとその態度は冷た過ぎるんじゃない? 仮にも近い未来の夫に対してさ」 「叩き落してあげましょうか?」 ただでさえ機嫌が悪かったのだから、堪忍袋の緒は容易にぶち切れること受け合いである。 「ルウファにだったらいいなぁ」 ゴッ……べしょ 声の主の台詞が終わるとほぼ同時に鈍い音がして、彼は地面に叩き付けられた。今まで彼がいたはずの所には、代わりに筋肉ムキムキのお兄さん(上半身のみ)が力こぶを披露している。 「ひど……」 「あんたがいいって言ったんでしょ?」 「僕は『ルウファにだったら』って言いました!」 勢いよく起き上がって抗議を述べたのは、二十前後の青年だった。打たれ強い男である。 「あたしがやったのよ」 「手を下したのはあれだろ!? 俺は嫌ですあんなのに殴られるのなんて! だいたいどうしてわざわざ精霊召還なんてするんだよ! 盗賊に教われた時は自分で戦うくせに! はっ! そうか!」 青年は何事かに気付き驚愕に目を見開く。 「わざわざ精神力を消費してまでこの俺と関わりたい、いや、この俺の為なら精神力の消費も厭わぬと! 嗚呼それほどまでに俺のことを! 俺の胸は感激で張り裂けそうだぜルウファ!! ……って、あれ?」 青年が再び顔をそちらに向けた時には、少女の姿は既にその場から消えていたのであった。
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