「硝子の月」
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2001年10月29日(月) <月下> 朔也

 闇に尾を引いて声の余韻が消えてゆく。アニスは促すように空を見つめた。
 ティオはつられるように、空を見上げる。

 月が浮かんでいる。空に穿たれた穴のようにぽっかりと。
 蒼褪めた月。存外に明るいひかりがこぼれる。

 ───ティオ。

 まるで実際に耳元に囁くようにさえ聞こえる。

 ───ティオ、ごめんね。ゆるして───…

 すすり泣くような声。絶望に濡れた、こえ。
 いとおしく懐かしく物寂しく、なんともひどい風に胸を痛めてやまない。

 自我が生まれるより前の話。意思が生まれるより前の話。
 記憶を記憶とさえ残せないほどの昔、誰と認識すらできなかったひとが残した言葉。
 ごめんね、と 繰り返し囁く。
 こころより早く刻まれた記憶は、ただ穏やかさだけのある温もりをも伝えてくれた。

 それが抱き上げた腕の温度なのだと、なにも知らないままにティオはしっていた。

 ───あいしてるわ、わたしの子ティオ───


紗月 護 |MAILHomePage

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