「硝子の月」
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闇に尾を引いて声の余韻が消えてゆく。アニスは促すように空を見つめた。 ティオはつられるように、空を見上げる。
月が浮かんでいる。空に穿たれた穴のようにぽっかりと。 蒼褪めた月。存外に明るいひかりがこぼれる。
───ティオ。
まるで実際に耳元に囁くようにさえ聞こえる。
───ティオ、ごめんね。ゆるして───…
すすり泣くような声。絶望に濡れた、こえ。 いとおしく懐かしく物寂しく、なんともひどい風に胸を痛めてやまない。
自我が生まれるより前の話。意思が生まれるより前の話。 記憶を記憶とさえ残せないほどの昔、誰と認識すらできなかったひとが残した言葉。 ごめんね、と 繰り返し囁く。 こころより早く刻まれた記憶は、ただ穏やかさだけのある温もりをも伝えてくれた。
それが抱き上げた腕の温度なのだと、なにも知らないままにティオはしっていた。
───あいしてるわ、わたしの子───
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