「硝子の月」
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2001年11月01日(木) <月下> 朔也、瀬生曲

「…あん?」
 少年の声が思いがけず寂しげに闇を震わせ、グレンは思わず間の抜けた声を返した。けれど少年はそれ以上何も言わず、そっぽを向いてベッドで丸くなっている。
「…ティオ?」
 恐る恐る名前を呼んでみた。正直、子供に泣かれたらどうしたらいいのかわからない。
 けれどティオは寝たふりを決め込むつもりなのか、うんともすんとも答えようとはしなかった。

 昼間盗もうとしたルリハヤブサが、何か言いたげにじっとこちらを見つめている。それに気付き、グレンはごく小さなため息を吐く。
 思えばよくわからない少年ではある――高価なルリハヤブサを連れ、たった一人で慣れない町を歩いて。
(口は悪いし態度はでけぇし)
 ひねくれてはいるが頭は悪くない。見た目ほど中身が幼いわけでもない。

 …けれどそう、ひどく渇いた目を…している。

(だから…ほっとけなかったのかねぇ)
 度胸の良さも抜け目のなさも割と気に入った。それは嘘ではない。
 けれど、それ以上に心を動かされたからこそわざわざ子供一人を拾ってしまったのは事実だ。

「例えばどうしようもなく望むことがあって、どんなに努力してもそれに届かないと知っているものが何かあるとき」
 まるで独り言でも言うように、グレンはつぶやく。
「そんな時に目指すもの…それが硝子の月なんだと、俺は聞いた」

「…………」
 少年からの応えはない。
 胸の内で溜息をついて、青年が眠ってしまおうと寝返りをうった時だった。
「あんたは?」
 躊躇うような問いが届いた。
「…………」
 今度はグレンが少し黙る。
「……俺のは、ただの好奇心さ」
 目を閉じたまま呟くように言った。
 語れる何かがあればよかったのかもしれない。そうすれば少年の渇いた目をどうにかしてやれたのかもしれない。
 それでも今ここで語るべきことは青年にはなかったのだった。


紗月 護 |MAILHomePage

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