「硝子の月」
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…と、階段の下にぶっ倒れていた青年がむっくり起き上がった。額から血を流しつつ白い歯を輝かせて笑っている様は、何かの冗談のようでもある。 「はっはっは、照れる事ないさルウファ。もちろん奥ゆかしいキミも素敵だけどねっ。 我慢する事はないよ、さぁこの僕の胸に飛び込んでおいぐふぅッ!!」 階段落ちの前とまったく変わらないペースで喋りつづけていた青年は、傍から見ても容赦の無いアッパーカットを食らって再び床に沈んだ。赤毛の少女はこめかみに血管を浮かせて荒い息を吐いている。 (コントか……?) 売れない芸人コンビの身体を張ったストリートパフォーマンスだろうか。あまりのテンションの高さにそんな馬鹿なことを考えた。 しかしあの、怒りと言うか既に憎しみのこもった突っ込みが演技に見えるわけでもなく。……結局のところわかっているのは、他所でやってほしいという結論ひとつである。
「ふっ、痛いほどにキミの愛を感じるよルウファ。ほら窓の外をごらん、朝日までが僕らの未来を祝福しているようじゃないか」 (幻覚だろ?) ティオが胸中で突っ込んだ瞬間、今度は口から血を流しつつ青年が振り返った。 「なぁ、キミもそう思うだろう?」 「――は?」
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