「硝子の月」
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2002年10月09日(水) <建国祭> 朔也

「今起きたんだよ」
 つまらなそうな口調でティオが言い返す。ルウファは闇の中で小さく微笑み、足音もなく寝台の横まで歩み寄ってきた。
「調子はどう?」
「……ああ、今は別に何とも」
 休息が良かったのか老婆の薬草のおかげか。身体はいつもの調子を取り戻してきたようだ。
「そう。それじゃ、建国祭は無事に見て回れそうね」
 ルウファは満足そうに小さく頷いた。
「……あれ。そう言えば、おっさんは?」
「戻ってきてないわよ。ルリハヤブサを追っかけたまま」
「戻ってない?」
 ティオはわずかに眉をひそめる。見つからないなら見つからないで、そろそろ帰ってきても良さそうなものだが。
 まさか本当にルリハヤブサをかっぱらって逃げたということもないだろうに――
「ま、大丈夫でしょ。いい大人だもの」
 ルウファはその一言であっさりと片付けた。これは信用しているということか、それとも単に面倒臭いということか。判断が難しい。
「それに、あたしにも新しくわかったことがあるわ」
「……え?」
 目を瞬かせるティオに、ルウファは厳かに告げる。
「一人目の国王が願ったとおりに、今も硝子の月は隠されている。硝子の月がずっとこの国と共にあるように。
 そして、争いと共にある硝子の月が表舞台に出て、平穏なこの国を乱すことのないように」
「……?」
 ふとティオの脳裏を過ったのは、先刻の夢の景色だ。願いをかけた男の声。
「硝子の月を隠しているのは、硝子の月自身なのよ。一人目の王がそれを望んだから」
 ――『硝子の月』はアルティアと共にある。
 その言葉は封印にも等しい。
「明日は建国祭」
 少女の声が、歌うように滑らかに部屋の闇の中を滑った。
「かつて建国王が、硝子の月に願いをかけた日よ」


紗月 護 |MAILHomePage

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