「硝子の月」
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2002年10月28日(月) |
<建国祭> 瀬生曲、立氏楓 |
(何でこんなことになったんだ?) グレンは自問する。前夜祭の賑わいが大通りのほうから聞こえてくるが、少し奥まったこの場所ではそんな喧噪は遠いものでしかない。 月明かりの差し込む窓辺に大きな鳥が止まっている。 ヌバタマ――漆黒のルリハヤブサ。しかし月の下で見るその姿は確かにルリハヤブサとわかるくらいには青味を帯びている。 その鳥を「相棒だ」という女が、何故か今自分の傍らにいる。
白い敷布(シーツ)の上にとうとう滔々と流れる黒々とした髪――。傷跡だらけの身体(せなか)の上を流れても、不思議と互いの美しさを損なうことは無い。 「――どうした?」 低く通る声が空気を震わす。 目を上げると、切れ長の紫闇の瞳が揶揄を含んだ色でこちらを眺めている。 「――いや、別に」 「…後悔しているのか?」 そんな事、有り得る筈も無いという口調。グレンは苦笑する。自分は、運が良いのか悪いのか。 「さて、では行くか」 彼の心中を知ってか知らずか、カサネは深草色のマントを羽織り、立ち上がる。 「…今から?」 些か驚いた表情でグレンは問い返す。 「何を言っている、今だから行くのだ」 「いや、だってもう夜中だぜ?それに…」 「夜中だから絶好なのではないか?昼日中では人目に付く」 「そりゃそうだが…」 結局、グレンは腰を上げた。
「――ひとつだけ聞かせてくれ」 昼なお暗い林の中、二人は小さく開けた空き地に立っていた。 「どうして俺を?」 「どうして?理由がいるのか?」 僅かに、揶揄を含む声。否定しかけたグレンを制して、カサネは真摯な表情を見せた。 「――お前をな、鍛えてみたくなったのだ」 「鍛える?…俺を?」 カサネはすらりと剣を抜く。月光にきらりと刀身が煌いた。 「そなたとて気がついてはおるのだろう?あの少年が只者ではないことを。そして、今のままでは自分が大して役には立たないことを。…あの、魔法使いの少女とは違ってな」 確かにそうだった。始めはお節介半分、興味半分で拾ったあの少年は、実は本人も知らないままに何やら思い宿命を背負っているらしい。…命を狙われるほどに。そして、一度は保護しようと決めた相手に対して、自分は何も出来なかった。少なくとも、あの赤い髪の少女の様には。(この際、例の馬鹿は除外。) 「…俺は、変われるのか?」 「お前次第だな」 その剣を放ってて寄越す。 「――少なくとも、見込みはあるのではないか?…私が選んだのだからな。ヌバタマ!」 鋭い呼び声と共に、彼女の指先に彼の鳥が止まる。その色は、鈍く輝く瑠璃の色――と、見る間にその姿は皓月の光を吸い込んで、その輪郭を溶かして行く…その形状は蒼く輝くもうひとつの剣! カサネはふうわりと微笑んだ。 「これは、私とお前だけの秘密だ」
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