「硝子の月」
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2002年10月29日(火) <建国祭>立氏楓

 「――私、あの女嫌い」
 何処までも深い闇の中、白い少女が呟く。
 「…また、来たのかい?」
 少女に衣の裾を捕まれた青年が、振り返った。柔らかい猫っ毛の黒い短髪の男。
 「私、あの女嫌い」
 少女は再び同じ台詞を呟いた。異様な程、抑揚の無い声で。
 「う〜ん…君が嫌いなのは仕方がないけど、そうやってちょくちょく彼女の命を狙おうとするのは止めてくれないかな。仮にも僕の未来のお嫁さんなんだから」
 苦笑しながら青年は少女を抱き上げる。
 少女はするりとその両腕を青年の首に巻きつけると、頬を摺り寄せる――その、体全てを覆う白い布の上から。
 「――シオンは好き」
 「僕も、君は嫌いじゃないよ。でも、ルウファを殺すのは許さない」
 にっこり微笑むと、優しく、柔らかい声と仕草で、シオンは少女の首筋に手を這わせる。その、金色の瞳孔がすうっと縦に細まった。
 少女は、彼の手の所業など一向に歯牙にもかけない様子で、もう一度頬を摺り寄せるとその身を彼から放した。そのまま、ふうわりと中に浮く。
 「…あの女はシオンの価値も知らないくせに」
 「…好いんだよ、それで」
 シオンが見上げる。
 「――私、あの女嫌い」
 何処までも深い闇の中、白い少女が呟いた。
 闇を射抜くその双眸は――真紅だった。


紗月 護 |MAILHomePage

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