「硝子の月」
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2002年11月18日(月) |
<建国祭> 瀬生曲、朔也 |
うわんと歓声がティオを包み込む。
───ティオ、ごめんね。ゆるして───…
「!?」 確かに耳に届いた。 すすり泣くような声。絶望に濡れた、こえ。
───あいしてるわ、わたしの子───
「――っ!」 叫んだのに。 こちらの声は雑踏に呑まれて届かない。 「――っ!」 闇雲に人波を押しのけて駆け出す。 何故こんなに人がいるのだろう。ちっとも前に進めない。声は、確かに聞こえているのに。 「この地に俺の国を――平穏な俺の国を」 雑踏の向こう、微笑する青年は三百年も昔の人物。 (声が!) 聞こえなくなってしまう。懐かしい女の声。 「ピィ」 (アニス!?) 肩の上の相棒までもが声だけを残していなくなる。困惑する。ここはいったい何なのだろう。頭の中がぐるぐる回る。 「こっちよ」 ぐいと手を引かれる。引いたのは赤い髪と赤い瞳の少女。 「ちょっと反則かもしれないけど。今ここに貴方といるのも運命(だから」 (お前は何を知っているんだ) 記憶が混乱する。これは継ぎ合わされた記憶ではないのか。 ざわめきが妙に遠く聞こえる。自分の叫びを掻き消すくらいに近いくせに。声だけでなく何もかもが遠い。まるで夢の中にいるように。 (だけど) 確信はある。今ここでたった一つ確かなもの。 (この手は本物)
「さあ、ティオ・ホージュ。どこに行きたい?」 歓声の中にあってすこしも揺るがない静かな声が、清水のようにひやりとティオの中に流れ込んできた。心地いい冷たさだ。 「選べるのはあなただけ。だってあなたの道だもの」 つないだ手のぬくもりに縋りつくように、ティオは顔を上げる。 「大丈夫よ。あたしがいるから」 少女は笑っている。慣れ親しんだ笑顔だ。 「さあ、どこに行きたい?」 ティオはふっと目を閉じた。声も人も感覚から締め出し、少女の手のひらと懐かしい気配だけを確かめる。 どこへでも行ける。何故だかそんな気がした。いつか、そう、あの銀の髪の少年と対峙したときに似た感覚が全身を支配している。 (行きたい) つよい願い。それを妨げられるものなど、何かあるだろうか? 「呼んでるんだ」 「うん」 「誰かが、俺を」 「うん」 「だから、」 ティオはぎゅっとルウファの手を握り締めた。震える手で、握り締めた。 「だから、行かなきゃ」 その言葉に、ルウファが微笑む。 「……うん、そうね」
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