「硝子の月」
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二人はいつの間にか祭りの歓声から離れた場所に立っていた。そこは薄暗い部屋の中だった。晴れた昼間だというのに雨戸が閉まっている。 遠くに聞こえる歓声は、今が建国祭の最中だと教えてくれる。 (知ってる) 少年はただそれを理解する。 すすり泣くような声。絶望に濡れた、こえ。 椅子に掛け、胸に抱く赤子の頭を愛し気に愛し気に撫でるその声の主は、ひどく線の細い女性。彼女が繰り返し口にする名前は――ティオ―― 温かい手に握り替えされて、自分がルウファの手をきつく握り締めていることに気付く。 赤い瞳と視線を交わす。こちらが何か言おうとするよりも早く、彼女は視線をドアに移す。と同時にノックが響いて女がゆっくりと顔を上げた。 潤む大きな瞳は鮮やかな青。 「用意は出来たか?」 現れたのはティオの育ての親。父親の弟という男。 「ええ」 立ち上がった女は抱いていた赤子を男に渡す。 「元気でね」 赤子の頬に触れて微笑んだ時に、今まで落ちなかった涙が落ちた。 ピィ―― ルリハヤブサの声が長く響く。 「よろしくお願いします」 僅かな赤子の荷物と金貨の入った袋を手渡した女が深々と頭を下げて、鷹揚に頷いた男が部屋を出て行く。 「ティオ」 女が、少年の名を呼んだ。 今まで自らの腕に抱いていた赤子の名ではなく、今同じ部屋にいる少年にしっかりと視線を合わせて。 「会いたかったわ」
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