「硝子の月」
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2002年11月22日(金) <建国祭> 朔也

 その目に、その声にティオは何故だかひどくうろたえた。身体の底から、自分さえも知らないような得体の知れない感覚が湧き起こってくる。
「……あ……あの、俺」
 言葉がつかえた。頭がカッとなり、何も考えられなくなる。
 完全にあがってしまったティオに、彼女はそっと微笑みかけた。
「おおきく、なったのね……」
 やさしい声だった。ティオは思わず視線を揺らす。
 優しく、懐かしく、慕わしい声だった。
 無条件の愛情に満ちた、とてもきれいな声だった。
「あっ、あんた――いやっ、その……あなたは」
 ティオは慌てて口を動かした。そうしていないとなんだか、とてもみっともないことになりそうで。
「あなたは、その」
 その答えを自分は知っている気がする。遠い遠い昔から知っているような。
 だけど、こんな気持ちは知らなかった。こんな風に、何も知らない子供に戻ったかのような、頼りない自分はしらない。
 どこにも行けない幼子のようなたまらない顔で、それ以上の言葉もなくティオは女性を見上げる。
 ――息苦しく眩暈のする感覚の中で、心が軋むほど大きな何か。
「ねえ、ティオ」
 ほろりと。自分と同じ色の目から、涙がこぼれるのをティオは見た。
 痛いほどの軋みが、まだどんどんと大きくなっていく。
「あなたを――抱きしめても、いいかしら?」
 その瞬間、頭の中が真っ白になって。
 自分がうなずいたのにも気付かずに、女性のたおやかな腕を受け入れた。自分が未だ少女の手を握っていたことも、その手が汗ばんで震えていたことも、それをルウファがそっと受け止めていたことにも気付かずに。
「――か、」
 ただ、やさしいにおいのする髪の毛が頬をくすぐり、とても暖かな感触が自分を包んだときに、言葉はまるで涙のように零れ落ちた。
 溢れ出した感情と一緒に、震える咽から。

「……かあ、さん……?」


紗月 護 |MAILHomePage

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