「硝子の月」
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「お前…」 彼女が何を知っているのか、ティオは結局何も聞き出せていないことに今更ながらに気付く。 「お行きなさい」 少女への何度目かの問いを遮ったのは母。 「いつかまた、会える───あいしてるわ、わたしの子───」 はっきりと耳に届いていたはずの声が、またいつかのように遠くなる。 「母さん!」 霞む視界の向こうで、まだ若い父と母が出会っている。初めて出会ったのは、父がこのファス・カイザを訪れた時。 幸せなその光景に二重写しにされる戦乱の昔。 (何なんだこれは) おかしいのは自分の頭か、それとも―― 「今日は建国祭だから、国の記憶も無礼講なのよ」 ずっと手を繋いだままの少女が当たり前のようにそう言った。 戦乱と、統治と、出会いと、別れと――硝子の月―― ピィ――――ッ ルリハヤブサの声が聞こえる。肩にいつもの重みが戻って我に返ると、そこは元の雑踏の中だった。 一瞬だったのか、ひどく長かったのか、否、本当の出来事だったのかどうかさえ怪しい。 「だからいったでしょう? 『あたしと建国祭に行くのよ』って」 ただルウファの言葉と繋いだままの手が、幻ではなかったことを証明していたのだった。
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