「硝子の月」
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2002年11月24日(日) <建国祭> 瀬生曲

「お前…」
 彼女が何を知っているのか、ティオは結局何も聞き出せていないことに今更ながらに気付く。
「お行きなさい」
 少女への何度目かの問いを遮ったのは母。
「いつかまた、会える───あいしてるわ、わたしの子ティオ───」
 はっきりと耳に届いていたはずの声が、またいつかのように遠くなる。
「母さん!」
 霞む視界の向こうで、まだ若い父と母が出会っている。初めて出会ったのは、父がこのファス・カイザを訪れた時。
 幸せなその光景に二重写しにされる戦乱の昔。
(何なんだこれは)
 おかしいのは自分の頭か、それとも――
「今日は建国祭だから、国の記憶も無礼講なのよ」
 ずっと手を繋いだままの少女が当たり前のようにそう言った。
 戦乱と、統治と、出会いと、別れと――硝子の月――
   ピィ――――ッ
 ルリハヤブサの声が聞こえる。肩にいつもの重みが戻って我に返ると、そこは元の雑踏の中だった。
 一瞬だったのか、ひどく長かったのか、否、本当の出来事だったのかどうかさえ怪しい。
「だからいったでしょう? 『あたしと建国祭に行くのよ』って」
 ただルウファの言葉と繋いだままの手が、幻ではなかったことを証明していたのだった。


紗月 護 |MAILHomePage

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