「硝子の月」
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中庭に設えられた建国祭用の式典会場での騒ぎは鎮まり、僅かに残っていたそこでの式典も滞りなく済んだ。 「陛下」 これから大広間での宴となるのだが、その移動の時に声を掛けられる。 「アンジュか」 振り返ると、優雅に一礼した少女が顔を上げた。深青色の澄んだ瞳と視線がぶつかる。 古い時代に王家から別れた、建国王の血を引く名門貴族の娘。クリスティン家には王家との婚姻関係もあり、彼女自身は第八位王位継承権を有する。 しかしそれ以上に、常人とは違ったものを見ることが出来ることで重要視されている。 「イリア様のご子息が」 「……そうか」 宴に出ている場合では無さそうである。 若き王はすっと腕を振って人払いをする。 そこにいるのが二人だけになると、壁に当たる彼の影がむくりと動いた。 「俺の出番か」 見る間に姿をはっきりとさせたのは、王にそっくりの青年だった。 「いつもすまんな」 「気にするな。上手くお前を演じてやるから行くがいい。『第一王国』国王の務めだ」 壁から出た青年はにこりと笑う。 「うむ。ではアンジュ、私は例の場所で待つ」 とんと壁の一角を押すと、ぽかりと穴が出現した。 「畏まりました」 アンジュが再び頭を上げた時には、既に王の姿も壁の穴も無くなっていた。
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