「硝子の月」
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「助かったのか……?」 「何だったんだ、いったい」 その頃城外ではアルバート一世の言っていたとおり、謎の攻撃は既にやんでいた。 そしてほんの数瞬後には人々に元の活気が戻り、何事もなかったかのように祭の喧噪が蘇る。実際、彼等の記憶の中では「何事もなかった」ことになっていた。 「『硝子の月』は秘密を好む、か」 シオンは金色の瞳孔を縦に細めて、空中に寝そべっていた体を起こした。 「悔しいかい? でもまだ『その時』じゃないから仕方がないよ」 振り返ることなく、背後に現れた少女に言う。白い布から僅かに覗く唇がきゅっと噛み締められた。 「あの子……ちっとも役に立たなかったわ」 <虫>使いの少年のことだろう。気の毒なことだと他人事として思う。 「ルウファを狙うのは止めるように言っただろう?」 赤い瞳の少女にご執心の青年は、そこでやっと白い少女を振り返った。 「――私、あの女嫌い」 まるでそれ以外の言葉を忘れたかのように呟いて、彼女はふいとその場から消えた。 「やれやれ。もてる男は辛いなぁ」 苦笑して溜息をつき、青年は誰も見ていないというのにおどけた仕草で肩を竦めた。 「けれど僕の花嫁になるのは君一人。待っててね僕の仔猫ちゃん」 本人が聞いていたら間違いなく張り倒されものの台詞を言ってのけると、彼もまたその場から消えたのだった。
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