ワンギリ。 ああ、TBSの深夜番組に出てる素人同然の女性タレント集団のことね、とボケるのは禁止である。それはワンギャル。 話題になっているらしい、ということは新聞やラジオで見聞きしていた。ちょっと前まで(今でも、か?)世間を賑わしていた“迷惑メール”の発展版みたいなものか。 こういうことらしい。相手から電話番号を通知した状態で携帯電話にワンギリ(1回だけコールしてすぐ切る。これをワンギリと言うのだ)してくる。自分の携帯電話にはその番号が着信履歴として残るから、 「はて、この着信は誰だろう?」 ――とそのまま発信すると、ダイヤルQ2みたいな応答メッセージが流れ、これを聞くだけで10万円程度の請求が来る、というのだ。すごい手段。真偽のほどは知らないが、メディアでそこそこ話題になっているところを見ると被害者も出ていることなのだろう。
夕方から急きょ課長と客先へ同行することになった。 さほど進展の見られる商談とはならなかったのは、エラソーに言わせてもらえば、この課長がなかなか話の核心に触れず、ズバリ相手に結論を出させるような商談の展開にしていなかったからだ。俺は課長の横で笑顔でうなづきながら『余計な話はいいからズバっといけよ、ズバっと!』と地団駄を踏んでいた。 こりゃあ話が進まん……。 「――つまり、こういう事ですよね」 俺は穏やかに課長の話を遮り、核心に迫るべく相手に話をしていった。まあ、結局この商談では“結論”には至らなかったが、どうも課長の遠回しな話振りには閉口してしまった。 俺は課長を助手席に乗せ、会社まで戻ってきた。事務所には二人、同僚が残業をしていたが、しばらくして課長達はまだすこしだけ仕事を残している俺を残して退社していった。 1時間ほどして、俺の残業もあらかた片付いた。とうに22時を過ぎている。慌てて帰り支度をしていると、ふと課長のデスクの上に一枚の「お知らせ」の書類があるのに気づいた。何気なくそれをつまみ上げて読んでみると、冒頭に紹介した“ワンギリ”のことが丁寧に記してある。どうやら、我々の部門は携帯電話を多用する仕事なので“ワンギリ”には十分注意しましょう、という事らしかった。
いつものように営業車での帰宅途中。 たまたま助手席のシートの上に転がしておいた会社用携帯電話に『着信あり』の文字があることに気づいた。 カーラジオを聞きながらだったせいか、着信に気づかなかったらしい。 画面に名前などが表示されればメモリ登録されている、つまり仕事関係の人からと察しがつくが画面には11ケタの数字のみ。俺の会社用携帯電話に着信があるのだから、恐らくメモリ登録していないだけで、どこかの営業マンが俺に急用なのかも知れない。もうすぐ23時になろうか、という遅い時間だった。 ナニも考えずにそのまま発信。 あ、これ、ワンギリか? ――そう思ったときにはもう携帯電話は相手側を何度か呼びだしていた。そして、繋がった。 切ってしまえばよかったのだろうが、言い様のない好奇心が俺の心の中に広がっていた。これが本当にワンギリだとしたら……。しかし、相手側はQ2のメッセージではなく『――留守番電話サービスです』の声。 「なんだよ、くそ」 しかし、好奇心は収まらず、5分ほどしてから俺はもう一度その番号にかけ直してみた。発信の際に点滅するその番号がどうも見覚えがあるような気もしていたので、心のどこかでワンギリではないと思っていたのかも知れない。 ツー、ツー、ツー……。 こんどは相手側に繋がって、すぐ切れた。怪しい。ムキになってもう一度発信。何度か呼び出し音がなって、そして繋がった。電話の向こう側はすこし騒がしいようだった。
『――ああ、今、焼き肉屋で呑んでたんだけどさあ、店の女の子がアンタの大学の後輩だっていうんでさあ、思わず電話しちゃったのよお。牛角だよ、牛角。ココ。今、その女の子と電話代わるねえ――』
ろれつの回らない、明らかに酔っ払った声。何のことはない、友人だった。 そうだ、コイツは俺の“会社用の”携帯電話番号を知っていたんだ。どうりで見覚えのある番号だと思った。
みなさん、ワンギリには十分注意しましょう。さらに酔っ払った友人からの電話にはもっと注意しましょう。F・T、呑み過ぎンなよ。
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